フランスのパリに行ってきました②~挨拶と笑顔であふれる街~

エッセイ

 フランスに行く前、わたしは、ネットや本でフランスの文化やマナーを勉強した。

 ・鼻をすすらない(必ず、ティッシュでかむ)・コーヒーやスープもすすらない。・ドアを開けたら、後ろを振り返り、誰かが来ていたら開けたまま待つ。・くしゃみはかみ殺す。・ゲップはしない。・食事中、ナイフやフォークなどの音を立てない・・・。

 中でも、レストランやホテル、スーパーマーケットに入る時は、必ず、

「ボンジュール、ムッシュー、ボンジュール、マダム!」

 と、笑顔で挨拶しないと、相手にされない、ということは、肝に銘じた。

 わたしは、この数年間で、リバティーの華やかな柄のブラウスを7,8枚買っていたので、そのブラウスと、冷蔵庫に入れっぱなしにしていた、ゲランの香水「モン・ゲラン」の小瓶を持っていくことにした。家では、匂いに敏感な猫がいるので香水は付けられないが、パリでは、モン・ゲランを髪の毛と足元にたっぷりと振り掛け、それだけで、自分の中にちょっとした自信が湧いてくるのを感じた。

 ショルダーバックも旅行バックも、ドンキで買った、おしゃれとは程遠い黒いナイロン製のものだったが、秋らしいボルドーカラーの口紅を塗り、鏡の前で髪をかき上げてみたり、サングラスを掛けてみたり、まあ、パリに行くということで、アラカンのわたしも珍しくテンションが高かった。

 パリに行く飛行機の隣の席に、たまたまフランス人青年が座っていて、彼も日本に行った帰りで話が弾み、

「わたしは、フランスで、礼儀正しい日本人と思われたいから「メルシー」じゃなくて、いつも「メルシー・ボクー」と言うことにするわ」

 と、言うと、

「それは違うよ。「メルシー・ボクー」は「メルシー」の丁寧語ではなくて、「本当に助かりました」という意味の言葉だよ。普通、皆、「メルシー!」って、言っているよ」

 と、教えてくれた。彼が、笑顔で「メルシー」と言って見せてくれたのだが、その笑顔が爽やかに決まっていて、わたしは、フランスでのコミュニケーションのコツをつかんだような気がした。

 わたしが、パリで、最初に行ったカフェは、ムーランルージュの真ん前にある、「ROUGE BIS」だった。

 フランスらしい凝った造りで、赤いオーニングがいかにも、パリらしい。わたしがカフェのドアを開け、マスターらしき男性に、「ボンジュール、ムッシュー!」と微笑みかけると、「ボンジュール、マダム!」と朗らかな挨拶が帰ってきた。「コーヒーをいただけますか?」と英語で問うと、「すぐにお持ちします、マダム。今日は、テラス席が気持ちいいですよ」と、言われた。

 それを聞いて、SNS上で盛んに言われていた、「フランスでは、アジア人はテラス席に座れない」というのは、単にコミュニケーション不足からくるものではないか、と思った。テラス席が予約や常連席で埋まっていればもちろん座れないだろうが、満面の笑顔で挨拶してくる人にあたかい接客をしたいと思うのは万国共通の感情ではないだろうか。それ以来、わたしは、常にテラス席に座って、5ユーロ(約800円)のエスプレッソを飲んでいたのだが、帰国して、カウンターで飲めば2ユーロ(約320円)だったことを知り、自分のマダム気取りを、後に激しく後悔した。

 ちなみに、パリではコーヒーと言えば、普通サイズのコーヒーカップに3分の1ほどの量のエスプレッソが出てきて、アメリカ―ノ(いわゆるコーヒー)を頼むと、同じくエスプレッソの入ったカップに湯の入ったカップが付いてくる。自分で好みの濃さのコーヒーを作ってね、ということだろう。

 バスに乗る時も、皆、運転手のいる前側から乗り、近くにある機会にチケットを通したり、Navigoという交通ICカードをタッチするのだが、客は必ず運転士に「ボンジュール」や、18時以降くらいになれば「ボンソワール」と挨拶をする。わたしが「このバスはルーブル美術館に行きますか?」と聞いた時、「マダム、バス停が違いますよ。ルート途中だから、そこまで無料で乗せて行ってあげますね」と日本ではありえないほど親切というか柔軟だったりしたのは、やはり、きちんと笑顔で挨拶をしていたからであろう。

 ある時、バスの運転士さんに、「このバスはピガールに行きますか?」と英語で尋ねたら「ピガール?ノン、ピガール・シャトレ」と答えたので、名前からして近そうなので良いかと思い、「ウイ、メルシー、ムッシュー」と言って席に座った。やがて、バスは「ピガール・シャトレ」に着き、運転士さんは「マダム!」とわたしに手招きして、「ピガールは、この道をちょっと戻って右、この道をちょっと戻って右ですよ」と、フランス語と身振りで何度も教えてくれた。

 また、ある日は、バスの中で、両手に買い物袋をいくつも抱えた年配の男性と席がはす向かいになり、「ボンソワ」と挨拶してくれたので、「ボンソワ」と返すと、「どこのバス停で降りるの?ああ、それならわたしが下りるバス停と同じだ」と言って、「ここだよ」と一緒にバスを降り、「ここからの道分かる?」と聞いてくれたので、「分かります」と答えると、「ああ、それなら、良かった。オブワ」と、重い荷物を抱えヨタヨタと歩きながら夕暮れの雑踏に消えていった姿も大切な思い出。

 パリオリンピックを見てフランスを、差別的だの品がないだの、批判することは簡単だけれど、パリの人たちは、日本人と同じく控えめで、笑顔が輝いていて、マダム・ムッシューで会話する優雅な文化があり、中でも、見知らぬ者同士があちこちで気持ちの良い挨拶を交わしているところは素敵だなあ、と素直に感じる。

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