フランスのパリに行ってきました⑧~パリの良かったこと、そうでもなかったこと~

エッセイ

 わたしが10日間滞在したピガールの4つ星ホテルは、『フランスのパリに行ってきました①~宿泊初日、ホテルで洗礼を受ける~』で書いた通り、部屋はサーモンピンクでムーディーではあったが、あちこちが劣化していて床の隅が黒ずんでいたり、埃が溜まっていたりした。

 中でも気になったのは、絵の一つが曲がって掛けられていて、わたしは神経症を患っているせいもあって気になって気になって、何度も掛け直してみたが、壁のフックと額縁の穴の相性が悪く、どうやっても曲がってしまう。どうしてホテルの人は、他のフックを試してみるとか、額縁に紐を掛けてみるとか、ボンドを使うとか、何もせず放置しているのだろうか、と見るたびにイライラした。

 後は、ベッドサイドの電球がひとつ切れていて、若いホテルマンに、

「これ言うの、数回目ですが、ベッドサイドの電球が点くようにしていただけませんかね」

と言うと、

「ええ、電気屋に言っておきますよ。なかなか連絡が取れなくて・・・。わたしも、後で見にいきます」

 などと、調子の良いことを言うものの、わたしの10日間の滞在中に、ベッドサイドの電球が点くことはなかった。まあ、自分でも試してみたが、電球が切れているわけではなく配線の問題だったから、壁を壊すなどの大掛かりな工事をしないと直らなかったのかもしれない。それにしても、ホテルマンは、客にそう説明する義務があるのではあるまいか。

 ま、そんな小難しいことなど、ま、いいか。時は流れていくのだし。

 第一、ここは、外国であるフランス。いや、日本の中であっても、ま、いいか。

 というように、半ば破れかぶれ、いや、鷹揚に考えると、わたしが滞在したピガールのホテルの美徳がふわっと浮かび上がってくる。

 まず、立地が最高だった。わたしが滞在したホテルからは、バス停もメトロも目と鼻の先だった。窓から、パリで一番高い丘、モンマルトルの丘に聳え立つ白亜のサクレクール寺院が見え、土・日には蚤の市が開催されるピガール広場が目の前だった。

 ピカソ、ゴッホ、モディリアーニ、ルノワール、ユトリロなどが集まって創作活動をしていた芸術の都、モンマルトルでは、天気のいい日は今も屋外で作家たちが絵を描いて販売していて、その絵を見るだけでも楽しいし、キャラメル店やジュテームの壁、フルーツショップも楽しめ、映画「アメリ」のロケ地、カフェ・デ・ドゥー・ムーラン(Cafe des Deux Moulins)でブレイクしたり、もちろんサクレクール寺院へも入って美しさと荘厳さに圧倒されたりした。

 ホテルに朝食が付いているところも、すごく良かった。20ユーロ(当時のレートで3,200円)であることに、最初は「タッカー」と思ったが、パリの途方もなく高い外食費に比べればすこぶる良心的な価格だった。そのホテルはレストランが付いておらず、朝、各部屋に朝食の載ったトレーが配られるのだが、ゆっくりとプライベートな場所でエスプレッソとクロワッサン、オレンジジュース、茹で玉子、フルーツヨーグルトを楽しみ、残ったフランスパンにハムとチーズをたっぷり挟んでビニール袋に入れて持ち歩き、昼や夜に食べて一食分の食費を浮かせていた。

 初日、ホテルにチェックインする時、6,70代のムッシューが、

「朝食には、クロワッサンかパン・オ・ショコラ(チョコレート入りのクロワッサン)のどちらかが選べますが?」

と、尋ねられ、

「じゃあ、クロワッサンで」

と言うと、

「え、パン・オ・ショコラよりクロワッサン?本当に、本当にそれでいいのですか?」

と、ムッシューはあからさまに驚いた顔をしていたが、わたしは油っぽいクロワッサンはできるだけ食べないようにして生きてきたし、ましてや、甘いチョコレート入りのクロワッサンなど率先して食べようとは思わない。しかし、次の朝、サービスで、パン・オ・ショコラも「一回食べてごらん、美味しいから!」という感じで付いてきて、ちょっと笑ってしまった。こんな風にも会話はできるのだな。

 移動は、スリの多い、暗い地下鉄よりも、90分以内なら一枚で何度でも使えるTicket t+(2.1ユーロ)でバスに乗る方が景色も楽しめ、気楽だった。パリではよく起きるデモがあったりすると、バスは来ないので、おかしいな?と思ったら、グーグル乗り換え案内で検索すると、デモ情報も教えてくれる。(Ticket t+ではメトロとバスだけでなくパリ郊外とパリを結ぶパリ高速鉄道(PER)やトラムウェイ、モンマルトルのケーブルカーにも使える)

 わたしが、買って失敗したな、と思ったのは、セーヌ川の水上バスのBatoBusの二日間乗り放題チケット(37ユーロ)。BatoBusに乗るためには通りから階段を下って行って、乗り場は通りからは見えなくなるし、時間帯によってはセーヌ川沿いに人がほとんどおらず、物騒に思う瞬間があった。天候が悪くなれば、BatoBusは運航休止になるし、川のほとりは暑かったり寒かったりが激しいし、運航間隔は20~25分間もかかる。わたしみたいな、せっかちな人間は、下の方が切れている景色を見ながら、セーヌ川のほとりでぼーっと待つのが苦痛だった。セーヌ川で船に乗りたければ、トイレもガイドもある一時間、もしくは二時間ツアー(食事つき等)に参加する方が値は張るけれど、安全で、満足度は高いと思う。

 ちなみに、BatoBusの停留所は下記の通り。

①ルーブル美術館
②コンコルド広場
③自由の女神像
④エッフェル塔
⑤オルセー美術館
⑥サンジェルマンデプレ
⑦ノートルダム大聖堂
⑧パリ植物園
⑨パリ市庁舎

 これらの、観光ポイントをBatoBusで回りながら、ふと、今、自分が回っている場所は、『パリ・ランド』という観光特区として守られた特別な場所で、『パリ・ランド』の周りには、移民や貧困、犯罪などにまみれたカオスな世界が広がっている気がして、時が止まった瞬間があった。

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