ワシントンD.C.で気楽になる

エッセイ

 今から25年ほど前、アメリカのワシントンD.C.に一週間ほど滞在した。

 ワシントンD.C.は、言うまでもなくアメリカの首都である。なのに、ビックリするくらいテキトーな人たちがいた。

 スミソニアン博物館をいくつか見て回った後(スミソニアン博物館とは、スミソニアン協会が運営する19の博物館のことであり、すべて入場料は無料)、いったんホテルに戻り、一通の手紙と自宅へ箱詰めした荷物を送るため、近くの郵便局に行った。

 手紙に封をしていなかったので、男性職員に、

 「ノリを貸していただけませんか?」

 と尋ねたら、その職員はわたしの封書をおもむろに取り上げ、封に付いている口糊をグルっと舐めて封をして、手のひらでパタパタ叩いて固定させ、笑顔でわたしに差し出した。ミスター・ビーンの顔がわたしの脳裏に浮かんだ。(ローワン・アトキンソンは演じることを辞めてしまったけれど、わたしはミスター・ビーンが大好き)

 段ボール箱に詰めた荷物を窓口に出したら、職員は周りを見回し、

 「あれ、メジャーが見当たらない」

 と呟くと、片方の靴を脱いで、その靴でわたしの荷物の幅を測っていた。(再び、脳裏にミスター・ビーンが登場した)

 次に、両替するために銀行に行ったら、窓口の女性はコーラを飲みながらの接客。チップ用に必要だったため、

 「10ドル札を1ドル札10枚に両替してください」

 と、頼んだら、彼女はわたしの前で1ドル札を数え出した。

 「ワン、トゥー、スリー、フォー、グビッ(コーラを飲む音)、シックス・・・」

 「紙幣を数えながら休憩しないで〜」

 と心の中で叫ぶわたし。

 しかも、枚数間違えているし。

 わたしは差し出された9枚の1ドル札を彼女の目の前で数え直す。

 「あら、ごめんなさい。足りなかったわね」

 と、もう1ドル札をすぐに差し出す窓口の女性。

 えー、再確認はしなくていいの!?

 と、日本人のわたしは再び心の中で叫んだ。

 その帰り、チョコレートショップに入ると、一辺が10センチほどの正方形のチョコレートがガラスケースに並んでいた。

 「試食はできますか?」

 と、思わず尋ねたら、若い女性の店員さんがトングでその大きなチョコレートを一枚取ってわたしに差し出した。

 え!大きいまま?

 びっくりして慌てて受け取った。わたしは昔から、甘いものはあんまり食べられないのだが、その時は一生懸命完食し、そこまで買うつもりがなかったチョコレートの大箱を3箱も購入した。

 スーパーマーケットでは、レジのお姉さんが話しかけてきた。

 「あなた、昨日も来てくれたでしょう?その時、一緒にいたお友達は、今日は一緒じゃないわね」

 「ええ、彼女は頭痛持ちで、今も薬を飲んで部屋で休んでいるんです」

 などと、具体的な説明を始めながら、こういう答え方ってちょっと違うかな、と首を傾げる。アメリカ人のフレンドリーさへの対応に戸惑う。

 その後、ホテルに向かって歩いていたら、

 「駅はどっちですか?」

 と、出張帰りらしきビジネススーツを着た男性から道を尋ねられた。移民が多い国だから、わたしのようなこてこての日本人の容姿でも、この辺りの人と思われたようだった。たまたま、何分か前に駅の前を歩いてきたので、難なく答えることに成功!

 わたし、もうアメリカに溶け込めているかも?と、道を聞かれ答えられたことでいい気になりながら、黄昏の中、フェンスの向こうのホワイトハウスを眺めた。その頃は、クリントン大統領とモニカ・ルインスキーの話題で、アメリカは盛り上がっていたようだ。

 

 

 

 

 

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