わたしの、今回のフランス旅行の大きな目的は、前回も書いたが、ヴェルサイユ宮殿とムーランルージュでショーを観ることだった。
ヴェルサイユ宮殿はパリの中心部から20キロメートルほど離れているので、日本人バスツアーに参加することにし、夜中に開かれるムーランルージュのショーを見るためには、ムーランルージュから歩いてすぐのピガールのホテルに滞在することが最適だと考えた。
サクレクール寺院があるモンマルトルの丘の麓付近にあるピガール広場は、18世紀の彫刻家にちなんで命名された広場らしい。そのピガール広場の目と鼻の先にある場所に、わたしが滞在したホテルはあった。
ピガールは、しばしば、日本人の間で、歌舞伎町に例えられる。わたしがピガールのホテルに着いたのは土曜日の22時頃で、ピガール広場は街灯や様々な看板、車、自転車に乗る若者、路上で音楽を鳴らし踊る者、酔客で溢れ、その華やかな騒々しさは明け方まで続いた。
ピガールから、ムーランルージュがあるブランシェに向かってクリシー通りを歩くと、左手にはアダルトグッズショップが延々と並び、昼間もオープンしている。ウインドウには、赤や黒の女性のセクシー下着だったり、液体が入っている瓶、大きな口紅の形をしているけれども中はゴム製ペニスだったり、黒い鞭やベルト、目隠しの道具が飾られていたり・・・。中でも、ピンクのゴムのエッフェル塔の先がペニスの形をしている置物兼実用品らしきものに、個人的にはひどい嫌悪感を覚えた。
どうして、こういう店が、大きなバス通りに並んでいるだろう、と不思議だった。普通、こういう店は、裏通りで夜中にひっそりと営業するべきではなかろうか。昼間は自転車に乗った子どもたちも行き来するわけだし、というわたしの考えは、どこか間違っているのだろうか・・・。
まあ、クリシー通りの数々のセクシーショップ店を除けば、昼間のピガールは、何ということもない普通のパリの街である。スーパーマーケットやカフェ、長蛇の列ができる大衆レストラン『ブイヨン・ピガール』もあり、パリで一番高い丘で芸術の都、モンマルトルも徒歩圏内だし、バスやメトロも通っていて、日曜日にはピガール広場で蚤の市も開催され、観光地特有の活気が漲っている。
また、パリオリンピックをテレビで見て、もしかしたら、アジア人であることで嫌な思いをするのかもしれないと戦々恐々とパリで過ごしていたが、そんなことは一度もなかった。特に、ショップやデパート、カフェなどで受けた接客も日本の接客と不思議なくらい同じで、却ってびっくりしたくらいである。
例えば、パリの老舗百貨店ギャラリー・ラファイエットの中のカフェに入り、わたしがケーキを選んだら、
「飲み物はよろしかったですか?」
と、店員さんが笑顔で尋ねてきたりした。
「あ、いえ、コーヒーも付けてください」
と言いながら、その心地よさが、何だか日本のカフェにいるような、デ・ジャブのような不思議な感覚に襲われた。
また、わたしが滞在したホテルの近くに小さなブティックがあって、ウインドウに飾られていた鮮やかなブルーのバックが気になって店に入り、見せていただけませんか?とお願いしたら、四十代くらいの美しいマダムが笑顔で、「ぜひ、お手に取ってください」とバックを渡してくれた。
「これは、牛革で、職人によりとても丁寧に作られたものなのですよ。色も鮮やかなブルーで、あ、こちらに届いたばかりの新作のバックもあります。茶色とオレンジの中間色ですので、服の色を選びません。でも、お客様には、このブルーのバックが、雰囲気的に似合われるかもしれませんね」
そのバックは、それほど重くなく、留めるところがジッパーになっていて防犯対策もばっちりだし、斜めがけ出来るところも気に入った。値は張るが、手が届かないほどでもない。
「432ユーロですね、これは税込みですか?」
「はい、税込みです。しかし、空港で申請すれば80ユーロがVAT分として返金されますよ」
と、言われた。その言葉を聞いて、ズシリと肩が重くなったのを覚えている。80ユーロ(当時のレートで12,800円)は、庶民のわたしが無視できる金額ではない。しかし、あの、分かりにくいことで有名なシャルル・ド・ゴール空港でVAT返金カウンターを見つけ、申請用紙を記入し、航空券とパスポートを提示し・・・と考えているうちに、確かにこのブルーのバックは素敵だけれど、ボールペンのインクが付いたらみすぼらしくなるし、わたしの30リットルの旅行鞄に入れるのは難しいし、メルカリで買ったクロエの黒のバックの方があるし、バックだからアクセサリーと違って買ったことを夫に内緒にできないし、職場に持っていくには派手だし・・・と、買わない理由がコンピューター並みの速さで頭に浮かんできた。
「一日考えさせてください。この近くのホテルに滞在していますから」
と、はっと顔を上げて言うと、
「もちろんです、お待ちしております」
と、女性は笑顔で見送ってくれた。それはアジサイのような、素敵な笑顔だった。
頭がバックのことでいっぱいになっていたわたしは、ここがパリのピガールであることを、すっかり忘れていたっけ。
コメント
30リットルの旅行バック…コンパクトなんですね
フランスにも歌舞伎町みたいなとこあって行ってみたいですね。
eigotto
eigotto様
わたしは、どこにいくにも30リットルの旅行バックとショルダーバックです。
機内持ち込みもできますので、ロストバゲージを心配する必要もありません。
フランスの歌舞伎町は、二つの顔を持っていて、面白かったです。
特にムーランルージュのショーは素晴らしくて、お勧めです!