タイのチェンライに行ってきました⑥~ひとりバブリーなわたしの友人~

エッセイ

 2024年3月に、わたしはタイ人の友人、アノンに会いにチェンライに行き、最初の二泊は中心部のホテルに泊まった。

 アノンは空港までわたしを迎えに来てくれ、よく冷えたアボガドスムージーとカットマンゴー(わたしの好物)、ローズアップル(アノンの好物)を用意してくれていて、ホテルの部屋でふたりでいただいた。58歳と46歳の女性も、何のしがらみも心配もない無重力の世界に行くと、髪の毛をとかし合ったり、歌を口ずさんだり、フルーツを頬張りながらベッドに寝転んだりし始める。

 その後、東南アジアの幻想的な町、チェンライの中心部を二人でぶらぶらした。東南アジアの幻想的な町、と今までわたしが行った中で感じたのは、タイのチェンライとベトナムのハノイ。東南アジア特有の熱量のこもった風や、食べ物の立ち込める匂い、カラフルな灯り、バイクで走り抜けていく若者たち、呑気に寝そべる野良犬・・・。マッサージ店や飲食店が立ち並び、しかも、物価がバンコクに比べると格段に安い。外国人観光客も多く、かつ、日本人のわたしは黙っていれば、現地人に紛れられることも心地よい。それに、やっぱり、なんといっても旅行者って、気楽。

 黄金色に輝くチェンライ時計塔の存在感たるや、すさまじかった。工事現場のような、何もない道路の真ん中でどこか重々しいゴールドの時計塔が、確か21時になると、青や赤、ピンクの光を雷のように走らせ始め、大音量で音楽が鳴り始める。それを、道端に座って眺めている、若いタイ人女性と年を取ったファラン(タイ語で白人)の男性のカップルたち。

 ホテルに帰って、交代で風呂に入り、洗顔後のアノンの顔をよく見ると、ガシッとした、熊手のような付けまつげが付いたままになっていて、さっき見たチェンライ時計塔のような存在感を醸し出していた。

「マリもさ、眉にアートメイクをするとか、少し顔を華やかにしたら?」

と、ふいに言われる。

 「マリ」というのは、アノンが付けたわたしの、タイでのニックネームだ。もっと言うと、「アノン」という名前も本名ではなく、ニックネームである。「マリ」とはタイ語で「ジャスミンの花」という意味らしく、素敵なニックネームを付けてもらったことには感謝するが、要は、馴染みのない日本人の名前を覚えるのはめんどくさい、自分もおしゃれな名前で呼ばれたい、というようなことではないか、と思う。アラカンになって思うが、本当に名前などにこだわる必要はなく、100年単位でみれば人生は儚いし、わたしももっと鷹揚で、心地良い生き方をしていいのだ。

 さて、チェンライの、アノンと彼女の夫、フィリップが所有するコテージに宿泊して、わたしは彼女に爪切りを貸してほしい、と頼んだ。すると、彼女は、

「うちには爪切りがないのよ。わたしは、二週間に一度、マニキュアの店に行って爪を切ってもらっているもの。料金は100バーツ(約400円)で、60分間のマッサージも付いているのよ。え?フィリップは、って?彼は、いつもナイフで自分の爪を切っているわ。オーストラリア人って、皆、そうやって爪を切っているんじゃないの?」

と、言った。それを聞いて、わたしは少しぎょっとした。こういう感覚って、日本でいう、昭和のバブル期の女性のものではなかろうか。アノンはフィリップからまとまったお金をもらうたびにヨーロッパや韓国旅行に使ってしまうという。レストランやカフェ、スーパーマーケット、タイのコストコ、MAKROで買い物をする時も、フィリップかわたしが財布を出すのをじっと待っている。

 まあ、結局、アノンのような人が経済を回しているのかもしれない。わたしは、普段、外食も滅多にしないし、お酒も飲まないし、コンビニには近づかないし、と、とにかくお金を使わないように気を付けている。付けまつげやネイル、まつげパーマなど、したこともない。仕事をしているので、身だしなみは気を付けているが、質の良いものをながーく着ている。靴もヒールを替えながら履いているので、行きつけの靴屋さんは、わたしを見てもあまり良い顔はしてくれない。

 ・・・わたしは、日本に発つ日、コンビニで爪切りを購入し、フィリップの部屋のドアの前にそっと置いてきた。

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