2024年9月、わたしは、フランスに10泊し、外食費の高さに涙がこぼれそうになったものの、(無理して)お金をいっぱい出せば美味しいものを食べることはでき、日本食が恋しいなどと思わずに済んだ。
しかし、パリの街を歩いていると、こじんまりとした日本食レストランを発見することがあり、興味本位で2店ほど試してみた。
まず、滞在した街、ピガールで立ち寄った海鮮丼レストラン。看板を見ていたら、中から若いアジア系の女性が現れ、
「マダム、海鮮丼セットがたった14ユーロ(当時:約2,240円)ですよ!」
と言われ、「では、それをお願いします」と、ふらふらと中に入った。こじんまりとした店内は若い男女のグループが一組いるだけで、閑散としていた。そして出てきた、サラダと味噌汁の付いた海鮮丼。
味噌汁はインスタントで、まあ、そこは仕方がないとしても、水よりちょっと温い程度のもの。付いてきた醤油とワサビは普通のものだったが、ご飯が、多めの酢とその酸っぱさを必死で打ち消そうとしているがごとくの大量の砂糖が混ぜ込められた異様な味だった。小さなサラダは千切りキャベツに缶詰のコーンがのり、和風ドレッシングが掛かっていて、他に食べられるものがないことで、際立って美味しく感じられた。
いかがですか?と会計の紙と皿を持ってきた、先ほどの女性に、
「わたしは日本人ですけれど、味噌汁はもっと熱々じゃなければ美味しくないですよ。それに、このご飯は甘すぎです。フランス人が酸っぱいご飯を嫌いで砂糖を大量に入れているなら、いっそ、何も入れないご飯の方が美味しいと思います。これは・・・これは酸っぱいエクレアに刺身を載せたような味じゃないですか!」
と、言うと、女性は慌てて奥に引っ込んでしまい、わたしは醤油を付けた刺身をさっさとすべて口に押し込んで、口をモグモグさせながら、1ユーロのチップを含めた合計15ユーロを会計の皿に置いて店を出た。ピガールの地にもう来ることなんてないのに文句なんて言うべきじゃなかったかな、と後で思ったが、人はあまりにまずいものを口にすると獰猛になるのではなかろうか。
もう一軒はオペラ地区近くの、フランス人が並んでいたラーメン屋。昼はツアーに参加するため並ぶ時間がなくて、夕方の18時30分の開店とともに店に入った。店の造りはまさに日本の小ぎれいなラーメン屋という体で、白い壁にべたべたと日本語の手書きの紙メニューが貼られてあった。
店員は全員アジア系で、
「わたしは日本人です。何がおすすめですか?」
と、日本語で尋ねても、彼らは黙ったままだったので、英語で、日本語を話しますか?と尋ねると、女性店員が、日本語は話せませんが、フランス語と英語は話せます、と答えた。
店の入り口で、17ユーロの味噌ラーメンを頼んだわたしは真ん中のテーブルに、通りに向かって座らされた。通り沿いのガラス張りの壁から、店の前を歩く何人かの人々と眼が合った。
やがて、日本でよく見る水のポットとグラス、見た目はそれなりの味噌ラーメンが運ばれてきて、女性店員が味噌ラーメンの真ん中に大匙一杯のオカラを置き、混ぜてお召し上がりください、と笑顔で言った。
蓮華でスープを一口飲んでみる。それはスープとは言い難い、油と味噌を混ぜてお湯でかき回したものだった。濃い味噌の味しかしないドロドロした油に、言われた通りオカラを混ぜて食すと、モサモサした食感になった。そうかそうか、オカラは粉チーズからヒントを得たのだろう、しかし、間違い過ぎじゃないだろうか、この味は。こんなラーメン店に並んで20ユーロ近くも払うフランス人がかわいそうに思えた。彼らに、本物のラーメンを食べてもらいたいものだ、と思ったが、もしかしたら、この味の方が好きなのかしら・・・。その味噌ラーメンには茹でた白菜や春菊、人参がのっていて、なにがしかの栄養は採れそうではあった。
えーっと、ここは、おフランスのパリ。スープと麵を蓮華にのせて、ひらひらと舞う蝶のように、音を立てず口に運べばいいのね、と思った時、わたしのすぐ斜め後ろに男性の店員が立っていて、わたしをじっと観察しているのが見えた。
こういうところが、自分がお調子者だと思うのだが、わたしは空気を察した瞬間、豪快にラーメンを啜り始めた。周りのフランス人がどんな顔をして、わたしを見ていたのかは、あえて見ないようにしていたから分からない。しかし、10分間でラーメンを食べ終え、水を一気に飲み干したわたしと眼が合った店員はキラキラした表情をしていた。流れてきた鼻水を掌の下の方で拭こうかとも思ったが、まあ、それはサービスし過ぎ、やり過ぎ、時代錯誤でもあるだろうと思いとどまり、ティッシュでかんだ。
フランス人は一杯のラーメンを食べるのに1時間近く掛けるようだ。わたしのような客が来て10分で食べて帰れば、客の回転数が雪だるまのように増え、売り上げもガッポガポ、と、商売人なら思うわな、フランス人の店員も・・・。
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