アラカン女性の40日間の海外ひとり旅⑰~トレドの路地と夜の魔法ツアー~

エッセイ

 「スペインに一日だけ行くなら、トレドに行け」という諺に影響されて、トレドへ向かった。

 旅の中盤でひいた風邪が、この頃にはかなり悪くなっていた。夜中じゅう咳が続き、咳のし過ぎで腰まで痛い。6月に入ったばかりというのに気温は30度を超え、坂や階段を上るたびに吐く息が熱くなった。

 それでも、歩いてみたかった。丘の上にはかつての要塞アルカサルがそびえ、あちこちに掲げられた旗が風にはためいている。石畳の細い路地は迷路のように入り組み、角を曲がるたびに違う景色が現れた。

 街の中心にそびえるトレド大聖堂も美しかった。

 祭壇を見上げ、エル・グレコやゴヤの絵画、歴代女王の王冠を眺めているうちに、しばらく体のだるさを忘れた。

 エル・グレコの代表作『オルガス伯の埋葬』があるサント・トメ教会にも行きたかったが、そこまでは回れなかった。街を見渡す夜景も、見ずじまいだった。

 けれど、カフェで飲んだレモネードの酸っぱさは忘れられない。目が覚めるほど新鮮だった。小さな食堂で食べたピスト・マンチェゴも、野菜を塩とオリーブオイルで味付けした素朴な料理で、おいしかった。

 夜は『トレドの夜の魔法ツアー』に参加した。

 二時間かけて街を歩き、井戸や十字架にまつわる伝説、歴史や文学の話を聞く。ガイドのスペイン語はスマホで翻訳した。こんなふうに旅ができるのだから、本当に良い時代だと思う。

 サンタ・クララ広場は、かつて「魔女」とされた女性たちが裁かれた場所だという。「でも、火刑にされた人は一人もいないんですよ」とガイドは言った。少しほっとした。

 途中で、ツアーに参加していた年配の女性が煙草を吸い始めた。煙を吸いこんでわたしが咳き込むと、彼女は嫌な顔をした。すると、別の女性がわざとらしく大きな咳をして、わたしにウインクした。思わず笑ってしまった。

 最後に案内されたのは、地下の部屋だった。石段を降りるたび、空気がひんやりと重くなっていく。

 奥に、スカートを履いた女性のミイラが立っていた。ぎょっとして、足が止まる。誰も声を発さなかった。

 「記念撮影をどうぞ」とガイドは言った。

 けれど、誰もスマホを取り出さなかった。わたしも、取り出さなかった。

 この女性も、自分がいつか地下室で旅人たちに見つめられるとは、思いもしなかっただろう。

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