アラカン女性の40日間の海外ひとり旅③~入口の席ーレストランで気づいたこと~

エッセイ

 最初に訪れたリスボンのアルファマで、わたしは、Googleルマップで評価の高いファドレストランを訪れてみた。

 アルファマにはファドを聴かせる店が軒を連ね、夜になると、あちらこちらから歌声が流れてくる。

 旅の最初の夜だった。

 予約していた店で名前を告げると、店員は満面の笑みで迎えてくれた。案内されたのは、入口にいちばん近い席だった。

 隣では、年配のアジア人夫婦が食事をしていた。

 テーブルには色鮮やかな料理が並び、その佇まいだけで、この土地に馴染んでいる人たちなのだと分かった。

 日本語が聞こえてきて、思わず声を掛けた。

「日本人の方ですよね」

「ええ、ポルトガルに住んでいたことがあるの。また来たくなってね」

 婦人はそう言うと、「これ美味しいのよ」とタコサラダをわたしの皿に取り分けてくださった。

 塩とビネガーがよく効いたタコは、驚くほど柔らかかった。

 旅の緊張が、その一皿で少しほどけた。

 やがて演奏の時間になり、わたしたちは奥の広い席へ案内された。

 白いクロスの掛かったテーブルでは、人々がワインを傾けながら静かに談笑している。

「別にショーなんて見なくてもいいんだけどな」

 ご主人がぽつりと言った。

 その言葉だけが、不思議と胸に引っ掛かった。

 その夜だけではなかった。

 旅を続けるうちに、わたしは何度もレストランで入口に近い席へ案内された。

 最初は少し寂しかった。

 けれど、レストランで聞こえるのは、小さな話し声だけだと気づき始めた。

 日本では何気なくコーヒーをすすり、水を飲むたびに鳴る喉の音も、この空間では目立ってしまう。

 そう考えるようになると、入口の席は、むしろ気楽になった。

 旅の途中で風邪をひき、咳が止まらなくなってからは、なおさらだった。

 誰にも気兼ねせず、水を飲み、咳払いができる。

 その方がありがたくなった。

 ある日、電車で水を飲んでいると、喉がごくりと鳴った。

 首をすくめると、隣に座っていた男性が、おもむろに自分の水筒を取り出し、一口飲んでみせた。

 目が合った。

 何も言わなかった。

 彼は前を向いて、微笑み、目を閉じた。

 その仕草に救われた気がした。

 旅の終わり、バルセロナで人気の中国麺料理店に入った。

 店は満席だった。

 聞こえてくるのは中国語ばかり。

 そして、店中に響く、麺をすする音。

 ズルズル。

 ズルズル。

 誰も気にしていない。

 わたしは久しぶりに、思い切り麺をすすった。

 喉を鳴らして水を飲んだ。

 それだけのことなのに、肩から力が抜けた。

 帰り際、入口近くの席では、白人の男性が箸をぎこちなく動かしていた。

 テーブルには、何本も麺が落ちていた。

 彼はわたしと目が合うと、肩をすくめて、笑った。

 その笑顔を見て、わたしも笑った。

 

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