わたしが最初に滞在したのは、リスボンのアルファマだった。
アルファマを選んだ理由は、ポルトガルのファドを本場で聴いてみたかったからだ。ファドを聴けるレストランの多くは、この地区に集まっている。

ファドは、「サウダーデ(saudade)」というポルトガル独特の感情を歌う音楽だという。サウダーデとは、単なる郷愁ではない。戻ることのできない時間や、会えない人への想い、叶うことのない願いまでを含んだ、切なくとも豊かな感情を表す言葉らしい。
ファドは港町リスボンの下町で、港湾労働者や船乗り、娼婦、酒場の演奏家たちの間から生まれた民衆音楽だという。その舞台になったのが、このアルファマだった。
エアビーの部屋に着いた時には、すでに夜の十一時を過ぎていた。
長時間のフライトですっかり疲れ果て、空港から乗ったタクシー50ユーロほどかかった。後で調べると、BoltやUberなら20ユーロもしなかったようなので、ずいぶん高かった。
薄暗い路地の石段を下りた角で、家主のエルザが待っていてくれた。ほっそりとした身体に、豊かな黒髪をひとつに束ねた女性だった。
「疲れたでしょう」
そう言って手短に部屋の説明をしてくれた。
六畳ほどの部屋には、キッチンや洗濯機、ベッド、シャワールームなどが備え付けられ、小さなテーブルには湯沸かし器やコーヒーメーカー、クラッカーやチョコレート、缶詰を詰めたバスケットまで用意されていた。
エルザはメキシコから移住してきたという。この小さな部屋を少しでも快適に過ごせるよう、細やかに工夫しながら暮らしを立てているのだろう。
ドアの上部には鏡窓があり、一階でも室内が見えないよう配慮されていた。
彼女を見送ったあと、改めて路地を見渡し、わたしは思わず息をのんだ。
まるで映画のワンシーンの中に入り込んでしまったようだった。

坂は、空へ向かっているというより、夜そのものに続いていた。
黄ばんだ壁は幾度も雨と陽射しを受け、時間だけが塗り重なった色をまとっていた。誰かが干したまま忘れた白い洗濯物だけが風に揺れ、黒い電線が頭上を縫うように伸びていた。人影は見えない。それでも、この路地には何百年もの暮らしが静かに積み重なり、石段の一段一段に、人々の足音がまだ残っているような気がした。
その風景は、少し怖かった。
けれど、それ以上に、どうしようもなく魅力的だった。
華美なものは何ひとつない。古びた壁も、狭い路地も、洗濯物も、人が暮らしているという事実を隠そうとはしていなかった。慎ましい暮らしが、そのまま街の風景になっていた。
その路地に立っていると、不思議なことに、子どもの頃のことを思い出した。
わたしも裕福な家庭で育ったわけではなかった。
狭いアパートを転々とし、果物が食卓に並ぶことはほとんどなかった。近所付き合いもなく、いつもどこか落ち着かない気持ちで暮らしていた。
だからなのだろうか。
アルファマの古びた壁やところどころ欠けた石段を見ていると、心の奥で何かが静かに呼応した。
貧しさを懐かしんでいたのではない。
あの頃の空気や匂い、幼かった自分が生きていた時間に、郷愁を覚えていたのだ。
もしかしたら、わたしがアルファマに惹かれた理由はそこにあったのかもしれない。
四十日間で十二の都市を歩いた。それぞれに美しい景色があり、忘れられない出会いもあった。
それでも、今いちばん鮮明に思い出すのは、旅の始まりの夜に見たアルファマの路地である。
あの夜、わたしの心に湧き上がった感情こそ、わたしにとっての「サウダーデ」だったのかもしれない。

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