ポジティブな時間を積み重ねよう!

エッセイ

 以前、職場に歌手を目指している女性がいた。若いから髪も肌も艶々で、何より瞳がキランキランと輝いていた。クラブで歌っていらっしゃるようだった。

 一緒にカラオケに行ったが、声量やテクニックが際立っていて、やはりその道の専門家は違うなあ、と感心させられた。

 「昔はね、見た目は素敵だけれど、歌が下手な歌手っていっぱいいたのよ。あの、○○○○とか、確かにカッコよかったけれど、今なら歌手にはなれていないと思うわ。あなたのお母さんは、知っているんじゃないかしら」

 つい、わたしが、そんな無粋なことを言ったら、

 「その歌手なら、知ってますよ。何か持っていたんですよ」

 と、彼女はアネモネの花のように微笑んだ。

 ー何か持っていたー

 この言葉はなかなか言えるものじゃない。自分の夢は叶っていないのに、自分と同じ夢を叶えた人のことを「何か持っていた」と彼女は言ったのだ。わたしは、自分が恥ずかしくなった。

 20代の頃、わたしは小説家を目指して、同人誌会に入っていた。当時、いや、おそらく今も、愛着障害みたいなものを抱えたわたしは、視野も狭く自意識が過剰で、こしらえてみた小説も独りよがりで私憤だらけという代物だった。

 その同人誌会の飲み会など、皆、作家の誰それにはゴーストライターがいるだの、文学界にパトロンがいるだの、何も知りはしないのに悪口ばかりを言い合い、作品も批判ばかりして、まあ、自分も含め屈折した人が多かった。

 あの頃、この作家は何か持っている、とポジティブな心で作品をいっぱい読み込んで自分の血肉にできていたなら、わたしの人生も少しは違うものになっていたような気がする。

 人生とはポジティブな時間の積み重ねでで良い方向へ変わっていくのだと思う。それはいつからでも遅くはないはず。さあ、今からポジティブに生きよう。

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