「どうしても許せない人」への怒りの処方箋

エッセイ

 久しぶりに、心理学者、加藤諦三先生のご著書「どうしても「許せない」人」を読み返した。

 加藤諦三先生は、1972年からニッポン放送のラジオ番組『テレフォン人生相談』のパーソナリティを務めていらっしゃり、分かりやすい言葉で心理学についてのたくさんの本を執筆されている。

 わたしが、不安神経症理に罹患し、ひどいパニック発作に苦しんでいた時、たまたま本屋で開いたご本の、

 「歪んだように思える脳も、個性を持った立派な脳なのである」

 という言葉を読んで、先生の優しさに打たれ、涙を流したのを、昨日のことのように思い出す。

 さて、「どうしても「許せない」人」を読み返したのは、わたし自身、ある投資家YouTuberの動画を1年10か月ほど見ているうちに、ふつふつと怒りが湧いてきて、怒りの感情でがんじがらめになったからだ。

 その、「元機関投資家」YouTuberは動画をアップし始めた時から、ナスダック100指数の暴落を指摘し、「機関投資家だったわたしは、株価の底打ちを見極めるノウハウを持っている。チャートに貼り付けないお仕事をされている方は、月足の下落トレンドに乗って資産を爆発的に増やしていきましょう!」と頻繁にナスダック指数のショート(ナスダック指数が下がるにつれ利益が出る仕組みのもの)を買うように煽り、登録視聴者数は3万人を遥に超え、結果、数百万円、数千万円の大損する人が多数出たのだった。

 彼のことをまったく知らない人から見れば(ほとんどの人がそうであろう)、何故、一介のYoutuberの言葉に従って多くの人が投資をしたのか、不思議になるかもしれない。それは「元機関投資家」と言う肩書きだったり、若く優秀な学者が投資について切々と語るような口調だったり、聞いていると眼前に投資の世界が広がって見える言葉遣いだったり・・・まあ、投資初心者の心を鷲掴みにする特殊な能力があったとしか言いようがない。

 大フアンだったわたしは、夜にアップされる彼のYouTube動画をリアルタイムで見ていた。だから、寄せられた悲惨なコメントもすべて読み、それらを彼がどんどん削除している場面も見ることとなった。

 相場の予想を大きく外し、数多の視聴者を爆損させた彼はYouTubeを辞めるだろうと視聴者たちは思っていた。「恥ずかしくないのですか?」と問うコメントも数えきれないほど見た。しかし、彼は上がった知名度を利用して、今も次から次へといろんな商材を売り続け、もうすぐ大手出版社から本も出版される。

 わたしも彼の言葉に洗脳されていたひとりだが、わたしは小心者だし、大きなリスクをとれない年齢でもあるので、大した損は出さずに済んだ。しかし、日々、損が膨らんでいくジリジリした不安やまとまった額を損切りした時の焼けつくようなショックは体感している。ツイッターに残される、絶望からくる恫喝や慟哭のコメントも限りなく見た。(もちろん、それらはすぐに削除されていった)

 怒りというのは、単純にお金や物を失ったから湧いてくるのではないと思う。信じた人がひどく不誠実で、逃げたり無視したり、金儲けや承認欲求を満たす姿に唖然とし、自分の間抜けさを思い知らされるから怒りが湧くのだ。怒りの正体は悲しみなのだと思う。

 さて、「どうしても「許せない」人」を読み返し、わたしは、あのYouTuberの「元機関投資家」という肩書に舞い上がり、どんな理由があるにせよ、自分の頭で考え抜くこともなく、他人の言葉を鵜呑みにして投資し、商材を買ってしまった自分の弱さを認めようと思った。世界最強指数と呼ばれるナスダック100指数を月足でショートするなど、冷静になって考えるとナンセンスだと素人のわたしにも分かる。それだけ欲をかきたてられ、自らつけ込まれに行ったのだ。

 いくら失ったお金(と時間)を嘆いても、戻ってくることはない。「自分の間抜けさを忘れない」と心に刻みつつ、彼を自分の居場所から追い出していこうと決心した。 

 一切の説明責任も取ろうとせず、「いちゃもん付けずに、もっと勉強しましょう」と子どものようなセリフを言うようになって、彼がどんな人か分かるようになった。彼は彼で、いつかはツケを払わなければならない。今、彼の周りにはどんな人が集まっているだろうか。彼の家族や友人が心ある人たちならば、彼に何を言い、どういう態度をとるだろう。いくら自分への言い訳を並べても、無意識の領域からは決して逃れることはできない。

 彼のことに限らず、これからも身体が震えるような怒りに直面することが幾度となくあるだろう。

 しかし、怒りでがんじがらめになった時は、少しでも前に進もう。怒りをエネルギーに変えて、何かに打ち込もう。幸せに近づこう。幸せに近づこうと何かに打ち込んでいる人に、人を恨む暇はない。

 そして、わたしは、わたしの周りにいる心優しい人たちに、以前より遥かに感謝するようになった。

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