モモンガのモモのこと

エッセイ

 関東に住む息子が帰ってきた時、首からタオル地の小さなポーチを下げていて、覗き込むと見たことのない生き物と目が合った。

「ぎゃー、あなた、この子、だれ!?どうしたの?」

「モモンガさ。半年前にペットショップで2万円で買ったんだ。小さくて飼いやすいから、大学生の間で流行っているんだよ」

 息子はむすっとした顔で答える。20歳の息子はうっすら髭を生やし、スマホばかりいじって、親なんて疎ましげな顔で見るし、可愛くない。

 息子はゲージを組み立てて、中にモモンガの入ったポーチを吊るし、ポケットからハンカチを取り出しゲージの上に置いた。

 「どうしてハンカチを置くの?」

 「飼い主の匂いがないと寂しいかなと思って」

 息子は、ひとつの部屋でモモンガと寝起きをしてはいたが、触れ合っている風はまったくなかった。ゲージの中の水と市販の餌を毎日取り替えていたけれど、餌は毎晩撒き散らされていた。

「この子、この餌が好きじゃないんじゃないの?」

「でも、少しでも食べさせんといかんやろ?」

 と、顔をしかめる息子。

 わたしは試しに、小さく切ったリンゴをゆっくり渡してみた。ポーチの中でモモはそっと受け取り、両手で持って食べ始めた。その様子は猿の赤ちゃんを彷彿とさせる可愛さで、バナナや蒸しパン、ゆで卵、火を通したササミなどをいそいそと食べさせた。今ひとつのようだったのはブロッコリーで、受け取って口に持って行った途端、放り投げた。しかし、思い直したように拾って食べ始め、完食。次第にモモはポーチの中であおむけに寝るようになり、わたしが指でお腹を撫でると、キュンキュンと甘えた声を出すようになった。

 しかし、問題なのは我が家には2匹の猫がいること。モモンガは夜行性なので夜、ゲージの中をばたばたと飛び回る。音がすれば、当然、猫たちはゲージの置かれてある部屋のドアの前に走っていく。ちょうどネズミくらいの大きさのモモンガは猫にとっては格好の捕食の対象になる。

 「モモちゃん、あなた、後10年くらい生きるのに、どうやって過ごすのが幸せかしらね?こんな小さなゲージの中じゃ飛ぶこともできないわね」

 わたしは六畳の部屋に植木をいくつも置いて、橋を架けブランコを下げ、いくつも小さな家を置いたモモンガジャングルを空想していた。ポーチの中じゃないと落ち着かないから、いくつかポーチとハンモックも吊るそう・・・。

 「部屋の中でお散歩ができたらいいね」

 と、モモに話しかけていたら、横で2匹の猫が座ってわたしの話を聞いていた。ドアを閉め忘れたのだ。幸いモモはポーチの中だから、猫たちはきょとんとした顔でゲージの中を覗いていた。

 息子は、モモは夜騒ぐからワンルームに住む自分には無理だった、置いていく、などと言っているし・・・。

 わたしは思い立ってジモティーで飼い主を募ることにした。すると、数分で5人から連絡がきて、一番早く連絡をくれた『ケンタ』さんにもらってもらうことにした。飼っていた経験があり、小さな子どもがいないことが決め手だった。

 ケンタさんは、連絡を取り合った2時間後に、わたしたちの住むアパートまで車でモモを迎えに来てくれた。ジーンズにTシャツ、そして紺色のジャケットを羽織った、感じの良い三十代の青年だった。

 「前飼っていたモモンガが7歳で亡くなりましてね。もう少しは生きられたはずなのに・・・」

 と、唇を嚙んだ表情に誠実さを感じ、夫と息子、わたしはモモを安心して見送った。

 部屋に戻ると涙があふれた。

 「飼い主はぼくだよ」

 と、息子はにやにや。フンっとしらんぷりをしてやった。

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