アラカンにもなると、会いたかったのに、その人はもういない、という場面が増えてくる。
亡くなった、というわけではない。(悲しいことだが、亡くなった方もいる)
ただ、すっかり変わってしまったのだ。
わたしには、大学時代に仲が良かった友人がいた。
授業が終わって、彼女はよくわたしの部屋に来た。
肉や野菜をただ焼いただけのものや、簡単なスープを二人で食べた。授業のノートを交換し、小説や外国の話をして、学生らしい夢の話もした。
『哀愁』を観て、ふたりで泣いた夜もあった。
二十年ぶりにあったとき、彼女はすっかり変わっていた。
詳しくは書けないけれど、ひたむきさのようなものが消えていて、話題も恋愛の話が多かった。わたしは、すでに結婚していて、うまく相槌が打てなかった。
あれほど、他愛のないことで笑い転げていたのに、結局、胸の奥に小さな引っかかりを残したまま、終わってしまった。
姉のように慕っていた人もいた。
わずかな誤解が尾を引いて、関係は固くなった。
わたしは、出産を機に、年賀状やクリスマスカードを送ることもやめてしまっていた。
今は、そういう人も多いと聞く。
でも、もし細くでもつながりを保っていたら、どこかで、分かり合える瞬間があったのかもしれないと思うことがある。
タイ人にも近しい友人がいた。
35年前に知り合い、彼女もわたしにとって、姉のような存在だった。
結婚し、子どもも生まれ、仕事も続けていたわたしは、いつか会いに行こうと思いながら、そのまま時が過ぎた。
子どもたちの手が離れ、ふと思い立って連絡をしたとき、彼女は、わたしと話そうとしなかった。
コロナで会社はなくなり、家や工場も失い、優しく知的だった夫も亡くなっていた。
「家族以外とは話さない」と言った。泣いていた。
その声は、もう、わたしの知っている彼女のものではなかった。
会いたいと思う人は、時間が経てば、いなくなってしまう。
会いたかったのは、その人ではなく、あのとき、その時間にいた、その人だったのかもしれない。
あのとき行っていれば、何かが違ったのかどうかは、わからない。
ただ、その問いだけが、静かに残る。
だから、先送りにしないで、会いたい人にはすぐ会いに行く。
そうしないと、会いたかった人は、時間と一緒に消えていく。

👉最近、読んで、心が楽になった本です。
心を満たす50歳からの生き方 [ 加藤 諦三 ]
👉読書におススメのソファー。本棚の隣に。
ソファー 2人掛け 2.5人掛け フロア ベッドコンパクト 北欧 おしゃれ ローソファ カウチ 木製胡坐ソファ 送料無料 ソファ クッション付き 組み替え自由 胡坐ソファ ゆったり 木製 おしゃれ1人暮らし 新生活 L字 L字型

コメント