カラスは自分より一枚上手だと感じた出来事

エッセイ

 以前、夫とわたしが借りていたアパートの裏には小さな森があり、居間の広い窓一面に緑色の木々が映っていた。

 わたしたちの収入を考えると、そのアパートの家賃は少しお高めだったが、窓からの眺めだけで十分元が取れるように感じた。

 まだ、小学校に通っていた息子と娘も、

 「キャンプしている気がして、ワクワクする」

 と、窓の景色をよく二人で並んで眺めていたこともいい思い出。

 その森にはたくさんのカラスが住んでいて、夕方になると、カラスたちが森に吸い込まれるように、帰って行く様子を見られた。

 知り合いのイギリス人が言うには、日本のカラスはイギリスのカラスの3倍ほど大きいらしい。それを聞いた時、もし、日本のカラスももっと小さくて、例えば青色だったりしたら、海のイルカと並び称されるくらい愛されていたのではないだろうか、と思った。綺麗で可愛くて賢い。最高ではないだろうか。

 でも、考えてみれば、日本で繁殖している鳥は、カラスと鳩、雀といった地味な羽のものばかり。カラスが青くて小柄だったら、それこそ、剥製にされたり、青い羽を使った飾り物が流行ったり、ペットにされたりと受難が続き、今頃、絶滅危惧種になっていたかも。

 さて、そのアパートに住んでいた頃、小さな地震が頻発していた。夜中に地震があると、森の中からカラスたちが一斉に出てきて、カーカー、カーカー、騒いでいた。

 「今、揺れなかった?」

 「揺れた揺れた」

 「怖かったわね、子どもたちは無事?」

 「うん、なんとかね。今のところ巣は落ちていないわ」

 そんな会話が、聞こえるようだった。

 以前、公園で鳩たちに小さなお饅頭をあげようとしたら、すぐ近くの木の枝に1匹のカラスがとまって、わたしをじっと見ていたことがある。

 わたしはカラスに全部は取られないように、お饅頭を三つに割って、それぞれ違う方向に投げた。すると、カラスが悠々と飛んできて、三つに分けられたお饅頭をくちばしで次々と刺して、三つとも持ち帰った。カラスはくちばしをああいう風に使うことがあるのだなぁ、と感心したが、カラスの方がわたしより一枚上手なんだ、とちょっと悔しかった。

 

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