ピッツバーグでお金持ちの家にホームステイした思い出

エッセイ

 今から35年前に、アメリカのピッツバーグで、鉄鋼会社の会長の家に、5日間ほどホームステイをした経験がある。

 その会長のお宅は、アンティーク家具や食器、照明などが凝っていて、また、すべての部屋の壁紙が違っていて、はっとするほど美しかった。日本の観光名所となっている異人館をもっと広くして、作り込んだ感じ。そして、いい具合にweatheredして、味わい、というか、風格が出ていた。

 「家事の部屋」もあり、お母さんのキャサリンは床に敷いたペルシャ絨毯に座って、レース編みをしているところを見せてくれた。こういう、家事が趣味な女性って本当にステキ。わたしの知り合いにも、一日中、家事をしていたい、という女性がいる。美味しい肉料理やスープ、パンなどを作ったり、クッションを作ったり、窓や床をピカピカにするのが好きな彼女。横になって、猫と遊んだり、本を読んだり、ネットサーフィンしたりすることをこの上なく愛している、ものぐさなわたしには、一生辿り着けない境地だろう。

 だから、お手伝いさんはおらず、すべての家事をキャサリンがこなしていた。彼女は、6人の娘を育てたことや娘の一人が離婚して心配なこと、夫を息子のように思えることなどを話してくれた。

 わたしが滞在した時に、ホームパーティーも開いてくれた。残念ながら覚えているのは料理や会話ではなく、ゲストの女性たちがとってもふくよかだったこと。当時、痩せていたわたしは、彼女たちの二の腕と自分のウエストとどちらが太いだろうか?とこっそり見比べたりした。

 お父さんから

 「わたしのことはリチャードと呼んでほしい」

 と言われた時は、戸惑った。そんな、70歳を過ぎた人を、しかもピッツバーグの鉄鋼会社の会長を、呼び捨てになんかできない・・・。

 しかし、更に困ったのは、その家のペットのダックスフンドの名前も「リチャード」だったこと。元々は隣人が飼っていたが、引っ越さなくてはならなくなり、譲り受けたそう。「リチャード」という名前だったので、他の名前でいくら呼んでも、犬は来ない。それで、今も「リチャード」と呼んでいるらしかった。

 わたしが部屋の中で、

 「カムヒア、リチャード!」

 と犬を呼ぶと、どこからか必ずお父さんのリチャードが笑顔で現れた。その度にギョッとするわたし。きっと、気さくで面白くて優しい方だったのだと思う。

 短い滞在だったが、オペラやファンシーなレストランに連れて行ってくれた。アメリカ人って、老いも若きも食事をしながら、スプライトやコーラを飲んでいるのに驚く。わたしが紅茶を頼むと、

 「紅茶を飲みながら食事をする人をわたしは初めて見たよ」

 と、お父さんから言われた。(え?)

 日曜日、キャサリンとリチャード、わたしはインスタントコーヒーとスーパーで大袋で売っている甘い菓子パンの朝食をとり、リチャードはジーンズとチェックのシャツ、ベレー帽を被って、近所の図書館に出かけた。お金持ちの日常は、わたしの日常となんら変わらないのだなぁ、と、ちょっとホッとした。

 

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