四十日間、ポルトガルとスペインを旅してきた。
その中で、いちばん心に残っているのは、アルファマの坂と階段である。
八日間滞在したエアビーの部屋は、アルファマの中腹にあった。ドアを開けると、石段が上へも下へも延びている。
―好きな道を選んで。
街がそっと囁いているようだった。
どちらに向かっても、坂か階段。
通りに出るには石段を下り、帰るときは、またそれを上らなければならない。
旅の最初は、その坂が恨めしかった。
昼間はまだいい。けれど夜になると、景色は一変する。
ファドレストランで、若い歌手の切ない歌声を聴き入った帰り道だった。
来るときは灯りの漏れていたパン屋も雑貨屋も閉まり、細い路地には人影がない。
石段だけが月明かりを受けて白く浮かび、その先は月の届かない闇に溶け込んでいた。
足音だけが、静かな夜に響く。
一段一段が思いのほか高く、腰に重みが伝わる。
ようやく部屋が見えたと思えば、最後に何十段もの階段が待っている。
玄関の鍵を閉めるたび、「今日も帰って来られた」と胸を撫で下ろした。
次第に日が暮れると外へ出なくなった。
窓を開けると、向かいのアパートには白いシャツや青いタオル、大きなシーツが風に揺れていた。

白いパンツが何枚も並ぶ日もあれば、子どもの服が揺れている日もあった。
翌朝、それらがきれいに取り込まれていると、なぜだか安心した。
誰かが朝を迎え、洗濯物をしまい、また一日を始めた。
そんな当たり前の暮らしが、窓の向こうに息づいていた。
朝になると、パン屋で焼きたてのほうれん草パンを買う。
顔なじみになった雑貨店の店主は、ヨーグルトを取っておいてくれるようになった。
土産物店の女性は、この街で暮らす苦労を静かに話してくれた。
工事現場のおじさんには、日傘を見て笑われた。
そんな出来事を重ねていくうちに、「険しい坂」が「いつもの帰り道」に変わっていった。

「長すぎる階段」が「部屋へ帰る目印」になっていく。
アルファマは歩きやすい街ではなかった。
でも、夕暮れの石段と、風にはためく白い洗濯物。
その光景を思い出すたびに、今も、胸にお湯のようなものが流れる。

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