アラカン女性の40日間の海外ひとり旅⑪~「彼女は日本人よ」――リスボンで参加したアフリカ料理ツアー~

エッセイ

 海外で、現地ツアーに参加するのも楽しい。

 主要な観光地をまわれるし、自分では行きにくい場所にも連れて行ってくれる。

 今回の40日間の旅でも、ペナ宮殿やロカ岬、ポルトの夜景、トレド、アルハンブラ宮殿、サグラダファミリア、ピカソ美術館など、いくつものツアーに参加した。

 スマホの翻訳機があれば、外国語の説明も大まかには理解できる。便利な時代になったものだ。

 リスボンでは、少し変わったツアーを見つけた。

 アフリカ移住者の料理を楽しむ、というものだ。

 アフリカ料理はほとんど食べたことがない。どんなものが出てくるのだろう。

 それだけで申し込んだ。

 集合場所に現れたガイドのカムは、色鮮やかなTシャツにジーンズ姿。ピアスや髪飾りには細かなビーズがきらきらと揺れていた。

 社交的で、太陽のように明るい女性だった。

 参加者は十名ほど。

 集まった人たちを見回して、ちょっと驚いた。

 黒人でないのは、わたし一人だった。

 ――場違いなところに来てしまったかもしれない。

 そんな気もしたが、もう来てしまったのだから仕方がない。それにお腹も空いていた。

 最初の店で出てきたのは、オレンジの輪切りと、焼いた蛙だった。

 蛙。

 一瞬、手が止まった。

 見ると、食べない人もいる。

 ならば、わたしも食べなくていいはずなのだが、なぜかそうしづらかった。

 結局、全部食べた。

 味は――少しスパイシーで、香ばしく、ちゃんと美味しかった。

 食事をしながら自己紹介が始まった。

 ところが、彼女たちの英語がほとんど聞き取れない。

 日常会話くらいならある程度分かるつもりでいたのに、会話のスピードについていけない。

 みんなが笑えば、わたしも笑う。

 誰かがうなずけば、わたしもうなずく。

 自分が何をしているのか、分からなくなった。

 店を出て歩き始めると、カムが一軒の本屋のショウウインドウを指さした。

 そこには水をくむ昔の黒人女性の絵が載った本が飾られていた。

「この辺りでは、多くの黒人が過酷な重労働に従事していたの。この道は歩きたくないという参加者もいるのよ」

 カムは、かつてこの辺りに井戸があり、亡くなった人々の遺体が投げ込まれ、臭いを抑えるために石灰が使われていた、と話した。

 わたしはスマホの翻訳画面を追った。

 それまでわたしは、ポルトガルとアフリカは近いから、アフリカから移り住んだ人が多いのだろう、くらいに考えていた。

 けれど、よく考えれば、ポルトガルは、かつて大西洋奴隷貿易に深く関わった国だった。

 わたしは料理を食べに来ただけだった。

 なんだか、いたたまれない気分になった。

 川岸まで歩くと、カムが大きな赤い橋を指さした。

「この橋の名前、何だと思う?」

 突然聞かれ、わたしは橋を見上げた。

 「……ゴールデン・ブリッジ」

 思わず、そう口走った。

 カムが笑った。

「そうなのよ。アメリカの企業が建設に携わっていて、 サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジとよく似ているでしょう」

 え?当たった……。

 たったそれだけのことなのに、うれしかった。初めてみんなの会話の中に入れたような気がした。

 もちろん、それまでも彼女たちは、

「一人で来たの?」

「日本のどこから?」

「わたし、和食が大好きよ」

 と、話しかけてくれていた。でも、うまく返せない。何を話せばいいのか分からない。

 わたしだけが、輪の少し外側を歩いているような心細さがあった。

 次に入ったアフリカ料理の店では、オクラと魚を煮込んだ料理が出てきた。

 一口食べて、不思議な気持ちになった。

 初めて食べたはずなのに、懐かしい。祖母の家の食卓を思い出した。

 サモサ、トウモロコシの粉を使った料理、鶏肉の煮込み。

 どれも、優しい味だった。遠い国の料理なのに、「外国の料理を食べている」という感じがあまりしなかった。

 やがてバイロ・アルタのカラフルな通りに着いた。

 ベリージュースと紅茶のムースを食べていると、ふいに誰かが聞いてきた。

「あなた、美容室にいくら払ってる?」

 と、聞かれた。

「10ユーロくらい。前は5ユーロくらいだったんだけど」

「え、安い!」

 別の女性が言った。

「わたしは一回400ユーロくらい掛かるの。編み込みだからね。シャンプーも編み込み専用じゃないと、だめなの」

「400ユーロ⁉」

 思わず聞き返した。

 美容室代なら、分かる。

 高い。

 安い。

 髪がまとまらない。

 シャンプーが合わない。

 そんな話なら、どこの国でも同じだ。

 いつの間にか、わたしも普通に笑っていた。

 そのとき、近くの小さなアパートから、すらりとしたアーティストのような女性が出てきた。

 わたしたちを見て尋ねた。

「あなたたちも、ニューヨークから?」

 すると、みんなが一斉に言った

「違うの。彼女は日本人よ」

 声がきれいに重なった。

 わたしは少し照れながら、女性に向かって手を振った。

 数時間前まで、わたしはここにいていいのだろうかと思っていた。

 今は、みんながわたしのことを説明してくれている。

「彼女は日本人よ」

 もう一度、その言葉を頭の中で繰り返した。

 そして、なんだか少しうれしくなった。

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