リスボンやマドリードの物価は、ロンドンやパリよりは安いと言われているけれど、今の為替を考えると、ユーロを円に直した瞬間に、ほぼ倍の数字が胸に落ちてくる。
レストランで食事をすれば、ドリンク込みで20ユーロほど。日本円にすれば4,000円弱。昼と夜に外食し、カフェに入れば、1日で1万円近くになる。短い旅行なら「まあ仕方ない」と思えるかもしれないけれど、40日間となると、じわじわと懐に効いてくる。
わたしはアルコールを飲まず、買い物もしない。旅行バッグもナイロン製の30Lで、物を増やせないことが、衝動買いを抑えてくれた。
季節もよかった。5月から6月の気候はストレスが少なく、タクシーに頼る場面も減った。
ポルトガルは果物が安い。チェリーと桃を500gずつ買って2.5ユーロほど。店でフルーツボールを頼めば10ユーロはするので、果物屋に通っていた。
移動は、電車よりバスを選ぶことが多かった。電車は広くて快適だけれど、料金はバスの方が断然安い。チケットも取りやすい。長い旅では、こうした小さな選択が積み重なっていく。
また、日本からフリーズドライのお握りとスープを10個ずつ持って行った。疲れた夜はそれで十分だった。今思えば、ラーメンも持っていけばよかった。食べに行ったラーメンは日本の味とはかけ離れていて、しかも15ユーロほどかかった。
一杯分のドリップコーヒーはヨーロッパにはないと聞いていたので持参した。朝食をコーヒーとクラッカー、オレンジで済ませる日も多く、その分節約になった。
ただ、旅の途中でひどい咳風邪に苦しんだことは、散財にもつながった。夜中じゅう咳が続き、腰まで痛くなり、薬局で何度も薬を買い、割高なマッサージにも頼った。食欲が落ちて日本食を求めてさまよった。体調を崩すと、節約どころではなくなる。
節約を続けた40日間で、一番忘れられない出来事は、意外にも一軒の食堂で起きた。
コインブラで、安く済ませようと、路地裏の食堂に行き、イワシの料理を食べたときのことだった。
その頃のわたしは、サンドイッチもタコのオリーブ焼きも喉を通らなくなっていた。疲れと風邪で、ヨーグルトくらいしか食べられなかった。
その食堂は木造で少し暗く、近所の年配の人たちが大声で話しながら食事をしていた。観光地のレストランとは違う、生活の音があった。
出てきたイワシは、ニンニクが絡んでいて、味は驚くほど南蛮漬けに似ていた。口に入れた瞬間、「助かった」と思った。ああ、あれはポルトガルから伝わった味なのだと、ひとりで静かに驚いた。

パンのバスケットが置かれていたが、わたしは一つしか食べられなかった。会計のとき、店の人はそれを見ていて、パン代は0.2ユーロにしてくれた。40円。数字よりも、その静かな気遣いが胸に触れた。
食堂を出て歩いた道は暑く、ただの普通の道だった。アジア人の姿はなく、いつもなら少し落ち着かない。けれどその日は、胸の奥に南蛮漬けの味が残っていた。
ささやかな食べ物かもしれない。
でも、その時のわたしには、それで十分だった。

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