アラカン女性の40日間の海外ひとり旅⑭~ポルトで9ユーロ食堂に入り、ビビりあがる~

旅行記

 ポルトでは、少し背伸びしたような素敵なエアビーに泊まった。

 石の壁、高級そうな絵画、重厚なグレーのソファ、天井から下がる洒落たシャンデリア。 ウッドデッキには白い長椅子が置かれ、壁に囲まれた空間には、切り取られた空だけが見える。

 キッチンも洗濯機もあり、コーヒーメーカーまである。

  暮らすように滞在できるのが、エアビーのいいところだ。

 食器棚には、昔祖母の家にあったものによく似た皿があった。

 遠く離れたポルトガルでそんなものを見つけると、日本とのどこか遠い結びつきを感じたりもする。

 そんな洒落たアパートの真向かいに、どうにも洒落ていない食堂があった。

 毎晩、客が途切れない。

 どうやら地元では人気の老舗店らしい。

 飲み物付きの定食が9ユーロ。

 ただし口コミには、気になることが書かれていた。

 ――店主の態度がキツイ。

 毎日、部屋を出入りするたびに、店が視界に入った。

 夜になると、いつも客で席が埋まっている。

 気になる。

 でも、怖い。

 数日眺めた末、ある晩、意を決して店のドアを開けた。

 一番入口に近い、小さなテーブルに座った。何かあったら、すぐ逃げられる。

 ほどなくして、店主が現れた。

「おすすめはなんでしょうか?」

 笑顔で英語で尋ねてみる。

 すると店主は、大きな笑い声をあげた。そして何やらポルトガル語でまくしたて、そのまま奥へ消えた。

 ……緊張が走る。英語が通用しない。

 しばらくして店主が戻ってきた。にこりともしない。

 わたしはポルトガル語のメニューを開き、何もしようがなくて顔を上げた。

 また聞こえてくるのは、ポルトガル語。まったく分からない。

 仕方がないので、聞こえた単語を、そのまま真似してみた。

 店主の動きが止まった。じっとわたしを見る。

「本当にそれでいいんだな?」

 そんな目でだった。

 わたしは頷いた。もう引き返せない。

 やがてテーブルに、250mlほどの白ワインが入ったピッチャーが置かれた。

 続いて、キャベツのスープと山盛りのポテトサラダ。白身魚の天ぷらが二枚、そしてパン。

ポルトガルのキャベツのスープ

 これが9ユーロの定食らしい。

 ポテトサラダはマヨネーズたっぷり、天ぷらはサクッと揚がっていて、ほんのり塩が効いている。

 おいしい。

 ただ、わたしはアルコールを控えている。しかも料理はかなりの量だった。

 半分も食べないうちに、お腹いっぱいになってしまった。

 皿には、大量の料理と、白ワインがそのまま残っている。

 まずい。あの店主に、これを見られる。

 残した料理を横目に、スマホでポルトガル語を調べた。

 そして意を決して、カウンターへ向かう。

「満足した。支払いたい」

 笑顔は封印した。

 覚えたばかりのポルトガル語を低い声で言うと、店主はニヤッと笑った。

 10ユーロ札を渡す。

 すると、1ユーロ硬貨をカウンターに叩きつけるように置いた。

 ただ、これは他の客にも同じようにやっていたので、もう驚かなかった。

 お釣りを握り、ドアを開ける。

 最後に振り返って、一言だけ言った。

「デリシオーゾ。美味しかった」

 すると店主は笑顔になって頷き、

「オブリガード、オブリガード」

  と二度繰り返し、真っ赤な顔で手を振った。

 その仕草が、妙に可愛らしかった。

 なんだ。そんなに偏屈ではないのかもしれない。

 部屋に戻ると、肩から力が抜けた。

 しかし、考えてみれば9ユーロといったって、日本円なら1600円くらい。

 安くもない。

 定食は、ポテトサラダと白身魚の天ぷらだ。

 ベッドに寝転び、心の中でそんなことを毒づきながら、わたしは、ほんのり塩の効いた白身魚の素朴な味を思い出していた。

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