ポルトでは、少し背伸びしたような素敵なエアビーに泊まった。
石の壁、高級そうな絵画、重厚なグレーのソファ、天井から下がる洒落たシャンデリア。 ウッドデッキには白い長椅子が置かれ、壁に囲まれた空間には、切り取られた空だけが見える。
キッチンも洗濯機もあり、コーヒーメーカーまである。
暮らすように滞在できるのが、エアビーのいいところだ。
食器棚には、昔祖母の家にあったものによく似た皿があった。

遠く離れたポルトガルでそんなものを見つけると、日本とのどこか遠い結びつきを感じたりもする。
そんな洒落たアパートの真向かいに、どうにも洒落ていない食堂があった。
毎晩、客が途切れない。
どうやら地元では人気の老舗店らしい。
飲み物付きの定食が9ユーロ。
ただし口コミには、気になることが書かれていた。
――店主の態度がキツイ。
毎日、部屋を出入りするたびに、店が視界に入った。
夜になると、いつも客で席が埋まっている。
気になる。
でも、怖い。
数日眺めた末、ある晩、意を決して店のドアを開けた。
一番入口に近い、小さなテーブルに座った。何かあったら、すぐ逃げられる。
ほどなくして、店主が現れた。
「おすすめはなんでしょうか?」
笑顔で英語で尋ねてみる。
すると店主は、大きな笑い声をあげた。そして何やらポルトガル語でまくしたて、そのまま奥へ消えた。
……緊張が走る。英語が通用しない。
しばらくして店主が戻ってきた。にこりともしない。
わたしはポルトガル語のメニューを開き、何もしようがなくて顔を上げた。
また聞こえてくるのは、ポルトガル語。まったく分からない。
仕方がないので、聞こえた単語を、そのまま真似してみた。
店主の動きが止まった。じっとわたしを見る。
「本当にそれでいいんだな?」
そんな目でだった。
わたしは頷いた。もう引き返せない。
やがてテーブルに、250mlほどの白ワインが入ったピッチャーが置かれた。
続いて、キャベツのスープと山盛りのポテトサラダ。白身魚の天ぷらが二枚、そしてパン。

これが9ユーロの定食らしい。
ポテトサラダはマヨネーズたっぷり、天ぷらはサクッと揚がっていて、ほんのり塩が効いている。
おいしい。
ただ、わたしはアルコールを控えている。しかも料理はかなりの量だった。
半分も食べないうちに、お腹いっぱいになってしまった。
皿には、大量の料理と、白ワインがそのまま残っている。
まずい。あの店主に、これを見られる。
残した料理を横目に、スマホでポルトガル語を調べた。
そして意を決して、カウンターへ向かう。
「満足した。支払いたい」
笑顔は封印した。
覚えたばかりのポルトガル語を低い声で言うと、店主はニヤッと笑った。
10ユーロ札を渡す。
すると、1ユーロ硬貨をカウンターに叩きつけるように置いた。
ただ、これは他の客にも同じようにやっていたので、もう驚かなかった。
お釣りを握り、ドアを開ける。
最後に振り返って、一言だけ言った。
「デリシオーゾ。美味しかった」
すると店主は笑顔になって頷き、
「オブリガード、オブリガード」
と二度繰り返し、真っ赤な顔で手を振った。
その仕草が、妙に可愛らしかった。
なんだ。そんなに偏屈ではないのかもしれない。
部屋に戻ると、肩から力が抜けた。
しかし、考えてみれば9ユーロといったって、日本円なら1600円くらい。
安くもない。
定食は、ポテトサラダと白身魚の天ぷらだ。
ベッドに寝転び、心の中でそんなことを毒づきながら、わたしは、ほんのり塩の効いた白身魚の素朴な味を思い出していた。


コメント