海外で、現地ツアーに参加するのも楽しい。
主要な観光地をまわれるし、自分では行きにくい場所にも連れて行ってくれる。
今回の40日間の旅でも、ペナ宮殿やロカ岬、ポルトの夜景、トレド、アルハンブラ宮殿、サグラダファミリア、ピカソ美術館など、いくつものツアーに参加した。
スマホの翻訳機があれば、外国語の説明も大まかには理解できる。便利な時代になったものだ。
リスボンでは、少し変わったツアーを見つけた。
アフリカ移住者の料理を楽しむ、というものだ。
アフリカ料理はほとんど食べたことがない。どんなものが出てくるのだろう。
それだけで申し込んだ。
集合場所に現れたガイドのカムは、色鮮やかなTシャツにジーンズ姿。ピアスや髪飾りには細かなビーズがきらきらと揺れていた。
社交的で、太陽のように明るい女性だった。
参加者は十名ほど。
集まった人たちを見回して、ちょっと驚いた。
黒人でないのは、わたし一人だった。
――場違いなところに来てしまったかもしれない。
そんな気もしたが、もう来てしまったのだから仕方がない。それにお腹も空いていた。
最初の店で出てきたのは、オレンジの輪切りと、焼いた蛙だった。
蛙。
一瞬、手が止まった。
見ると、食べない人もいる。
ならば、わたしも食べなくていいはずなのだが、なぜかそうしづらかった。
結局、全部食べた。
味は――少しスパイシーで、香ばしく、ちゃんと美味しかった。
食事をしながら自己紹介が始まった。
ところが、彼女たちの英語がほとんど聞き取れない。
日常会話くらいならある程度分かるつもりでいたのに、会話のスピードについていけない。
みんなが笑えば、わたしも笑う。
誰かがうなずけば、わたしもうなずく。
自分が何をしているのか、分からなくなった。
店を出て歩き始めると、カムが一軒の本屋のショウウインドウを指さした。
そこには水をくむ昔の黒人女性の絵が載った本が飾られていた。
「この辺りでは、多くの黒人が過酷な重労働に従事していたの。この道は歩きたくないという参加者もいるのよ」
カムは、かつてこの辺りに井戸があり、亡くなった人々の遺体が投げ込まれ、臭いを抑えるために石灰が使われていた、と話した。
わたしはスマホの翻訳画面を追った。
それまでわたしは、ポルトガルとアフリカは近いから、アフリカから移り住んだ人が多いのだろう、くらいに考えていた。
けれど、よく考えれば、ポルトガルは、かつて大西洋奴隷貿易に深く関わった国だった。
わたしは料理を食べに来ただけだった。
なんだか、いたたまれない気分になった。
川岸まで歩くと、カムが大きな赤い橋を指さした。

「この橋の名前、何だと思う?」
突然聞かれ、わたしは橋を見上げた。
「……ゴールデン・ブリッジ」
思わず、そう口走った。
カムが笑った。
「そうなのよ。アメリカの企業が建設に携わっていて、 サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジとよく似ているでしょう」
え?当たった……。
たったそれだけのことなのに、うれしかった。初めてみんなの会話の中に入れたような気がした。
もちろん、それまでも彼女たちは、
「一人で来たの?」
「日本のどこから?」
「わたし、和食が大好きよ」
と、話しかけてくれていた。でも、うまく返せない。何を話せばいいのか分からない。
わたしだけが、輪の少し外側を歩いているような心細さがあった。
次に入ったアフリカ料理の店では、オクラと魚を煮込んだ料理が出てきた。
一口食べて、不思議な気持ちになった。
初めて食べたはずなのに、懐かしい。祖母の家の食卓を思い出した。
サモサ、トウモロコシの粉を使った料理、鶏肉の煮込み。
どれも、優しい味だった。遠い国の料理なのに、「外国の料理を食べている」という感じがあまりしなかった。
やがてバイロ・アルタのカラフルな通りに着いた。
ベリージュースと紅茶のムースを食べていると、ふいに誰かが聞いてきた。
「あなた、美容室にいくら払ってる?」
と、聞かれた。
「10ユーロくらい。前は5ユーロくらいだったんだけど」
「え、安い!」
別の女性が言った。
「わたしは一回400ユーロくらい掛かるの。編み込みだからね。シャンプーも編み込み専用じゃないと、だめなの」
「400ユーロ⁉」
思わず聞き返した。
美容室代なら、分かる。
高い。
安い。
髪がまとまらない。
シャンプーが合わない。
そんな話なら、どこの国でも同じだ。
いつの間にか、わたしも普通に笑っていた。
そのとき、近くの小さなアパートから、すらりとしたアーティストのような女性が出てきた。
わたしたちを見て尋ねた。
「あなたたちも、ニューヨークから?」
すると、みんなが一斉に言った
「違うの。彼女は日本人よ」
声がきれいに重なった。
わたしは少し照れながら、女性に向かって手を振った。
数時間前まで、わたしはここにいていいのだろうかと思っていた。
今は、みんながわたしのことを説明してくれている。
「彼女は日本人よ」
もう一度、その言葉を頭の中で繰り返した。
そして、なんだか少しうれしくなった。

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