投資家の井村俊哉さんになりたい夫

エッセイ

 今年は株の地合いが悪く、追証で苦しんでいる人たちの話やインデックス投資家も大きな含み損を抱えているという話をよく耳にした。来年はリセッションに突入する、という見方も強い。

 「もうすぐ株の黄金時代が来るらしいよ!」

 と、youtuberの誰かの話を鵜吞みにして喜んでいた夫も、株で損が続きしょんぼりした表情を浮かべることが多くなった。

 「株を何となく買ったって、儲からないんじゃないの?投資家で元お笑い芸人の井村俊哉さんみたいに割安株を見つけてちょっと集中投資してみるとか、元機関投資トレーダーの先生の授業を受けてチャートを見て売買できるようになるとか、もっと投資方法を考えた方がいいんじゃない」

 と、わたしは言いながら、夫の顔を久しぶりにじっくり見ると、何だか夫が井村俊哉さんにそっくりに見えた。

投資家で元お笑い芸人の井村俊哉さん

 「・・・なんだか、あなた、井村さんに似てきたような気がする」

 と、わたしが言うと、

 「そうだよ、ぼくは井村さんを目指しているんだ。同じ出っ歯だし」

 と、夫が言った。

 「え?」

 わたしは、夫が言った「同じ出っ歯だし」という言葉が気になり、聞き返した。

 「井村さんの身長もぼくと同じ170センチちょっとなんだ。白髪も黒く染めてちょっと長くして、ぼく、天然パーマだから同じようにいい感じにうねっているし。毎日公園を10キロ走って体重もずいぶん落としたんだよ。掛けている眼鏡も同じような感じだし」

 「え、井村さんを目指しているって、そこ!?」

 「そうだよ。難しそうなことは何でも、まずは形から入った方が上手くいくんだ」

 「・・・うん、そうかも」

 何年か前に、娘が、

 「お父さんの言うことがあまりにもアホ過ぎて、悲しくなって泣いたことが人生で5回ほどある」

 と、わたしに告白したことがあり、その時は「ふーん」と聞き流していたけれど、つまりこういうことだったのだな、とその時に初めて理解した。

 「まあ、わたしたちのレベルが同じ感じで良かった、っていうか、ハハハ・・・あまり自分よりレベルの高すぎる人と生活するのって、それはそれでストレスフルで自由に話ができないし、疲れるだろうし、わたしはあなたと結婚して本当に良かったと思うわ」

 と、思わず早口で言うと、

 「ぼくが、あなたに合わせてあげているんだよ」

 と、夫は微笑みながら頷いた。

 (こういうのって、ホント、言ったもの勝ちよね)

 と、心の中で呟きながら、

 「いつもありがとう。でも、お父さんは、外では仕事のこと以外、あまりしゃべらない方が良いと思うわ」

 と、言うと、

 「それは、何故かぼくも感じていて、外では仕事のこと以外、話をする気になれないんだよね。周りの人は、ぼくのことを神秘的だと思っているだろうね」

 と、夫はうっとりとした表情で目を細めた。

 「そうね」

 「あそこに日向ができているから、一緒に日向ぼっこをしよう」

 と夫が言い、わたしは玄関に置いてある段ボール箱の中からみかんを4個取ってきた。居間の陽だまりで夫とみかんを食べながら、やはり、わたしは幸福を感じるのだった。

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