ある休日のマインドフルネス

エッセイ

 わたしは二人の子どもを出産し、育児中に様々な精神疾患を発症した。

 36歳と38歳での出産は、わたしのひ弱な身体には無理がいったのかもしれない。(二人目を出産した直後、肋間神経痛になり寝込んだ。やはり、齢には勝てない)

 そして、出産後、うつ病や不安神経症、パニック発作、過敏性腸症候群、広場恐怖症と精神疾患のフルコースを味わった。まさに地獄のような数年間だった。

 今、考えると、育児と家事、仕事のキツさを紛らすために、毎晩、結構な量のアルコールを飲んでいたのが、いけなかった。アルコールは不眠を促進するし、脳を萎縮させる。

 ある日、古本屋でアレン・カーの「禁酒セラピー」に出会い、飲酒はすっぱりやめられた。飲酒で悩んでいる方はぜひ一度お読みください。飲酒をやめると本当に気持ちが安定する。この本のメソッドを使えば、精神力などまったく必要がない。

 わたしの精神疾患は禁酒でかなり改善したものの、いまだに完治したわけではない。毎月心療内科に通い、毎日服薬を続けている。心療内科の先生がおっしゃるには、

 「スポーツ選手が一度肘を痛めると、肘がウイークポイントになるように、精神疾患もなかなか治らないこともある」

 そうだ。

 そこで始めるようになったのがマインドフルネス。目を瞑り、つま先や頬の一点、目の裏などに神経を集中し、深い呼吸を繰り返す。わたしは仕事の行き帰りのバスの中と寝る前の3回、マインドフルネスを行なっている。気持ちがずいぶん楽になった。

 さて、ある休日の午後、わたしはyoutube でマインドフルネスの音楽を流し布団に横になり目を瞑った。川のせせらぎや鳥の鳴き声、優しいピアノの旋律の中、女性の声が、

 「呼吸を感じてください。まず息をお腹の底から吐き切りましょう。では、吐いて、1、2、3、4・・・」

 ふいにドアの向こうで二匹の猫たちが、

 「ニャオン、ニャーオン、ナーオン」

 と鳴き始め、ドアを爪で引っ掻き始めた。

 「お母さん、部屋に入れてよ。何しているの?どうして入れてくれないの?わたしたちのこと、どうでもいいの?ねえ、開けてったら、開けてよう!」

 猫たちの鳴き声は、小さな子どもの泣き声に匹敵するほど、心に刺さる。わたしは慌ててドアを開け、再び布団に仰向けに寝て目を瞑る。

 すると、食いしん坊のアリスがいつものように、

 「何か美味しいものをちょうだいよ!」

 とわたしの手に噛みつき始める。

 ジジはわたしの胸に乗って毛繕いを始める。シャンシャンシャンと後ろ足で首の辺りを掻き、毛が宙を舞う。

 「深い呼吸をしてください。1、2、3、4・・・」

 と、スマホから爽やかな声が流れるが、ジジの毛が舞っているので、とてもじゃないが息など吸えない。ジジが自分の毛を吸ってくしゃみをし、ジジの唾と鼻水がわたしの顔にかかる。

 「プッ、ヒャヒャヒャッ」

 わたしの部屋を覗き込んだ夫が吹き出す。

 そりゃそうだろう。わたしは仰向けに寝て目を瞑り、アリスはわたしの手に噛みつき、ジジはわたしの胸の上で尻の穴を舐めたりしている中、スマホからはマインドフルネスの誘導の音楽と声が流れているのだから。

 「雑念が入ってきたら、すぐに呼吸に意識を向けましょう」

 って、できるかーい!

 ハァー、何だかカオス。

 やっぱり、バスの中と、寝る前にこっそりマインドフルネスをするしかないのだった。

 (夜中は、猫たちは居間で大騒ぎして遊ぶのに夢中になって、わたしの部屋にはやってこない)

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