わたしは、何でも内側に溜めこんでしまう。
嬉しいときも、素直に喜びを表現できない。(まあ、日本人の多くはそうかもしれない)
嫌なことも、なかなか外には出せない。
ひとつには、支配的な親のもとで育ったことが大きいと思う。口答えをすると、叩かれたり、長時間責められたりした。
だから、言葉を飲み込む癖がついた。
子育てを振り返って思うこと
その反動か、自分が親になってからは、子どもを激しく叱った記憶がない。
たとえば食べ物を粗末にしたとき。
その場でひっくり返して、理由を言いながらくすぐっていた。くすぐられるのは、子どもにとって結構なストレスだ。でも、あとに嫌な記憶が残らない。
道路に飛び出すような命の危険についても、本や絵を使って、何度も言い聞かせた。
振り返ると、優しすぎたかもしれない。けれど、子どもたちはそれなりに考えながら生きているように思う。
少なくとも、わたしのようにメンタルを壊さなかったことには、ほっとしている。
嫌な人に絡まれた記憶
世の中には、嫌なことをその場でぶつけてくる人や、後からしつこく嫌がらせをする人がいる。
特に、自己愛の強い人は、自分の欠点や迷惑には無自覚で、話し方も妙に滑らかだ。
そして、そういう人たちは、ターゲットを決めて絡み続ける。つまり、他人に依存しているのだと思う。
わたしも、母親や職場の人に絡まれ、悔しい思いを何度もしてきた。
たとえば、理不尽に責められた帰り道、言い返せなかった言葉を何度も頭の中で繰り返していた。
あの時の悔しさは、今も身体のどこかに残っている。
負の感情は、エネルギーに換えられる
そんな状況から逃れたい。
つまり、自由に生きたいと思った。
だから、投資やライティングの勉強をしてきた。本もたくさん読んだ。
そして今、はっきり思う。
負の感情は、エネルギーに換えるべきだ。
そのためには、お金は要る。お金がないと、人や職場に依存せざるを得ないから。
しがらみを断ち切るのは、簡単ではない。
誰にも嫌われないように口を閉ざし、個性を消し、笑顔でいる。
それは、無理な人間の生き方だと思う。
アラカンになって思うこと
アラカンになると、「辛いことがあったから成長できた」とは、なかなか思えなくなる。
辛いことはあった。
成長できたのか、ひねくれたか。
それは、分からない。
ただ、時間は過ぎていく。
それだけが確かなような気がする。
しかし、他人ではなく、自分のために時間を使うことは、大切ね。
どんな人生だったかと振り返るとき、少なくとも幸せになるように努力した。
それだけは、どうしても、自分に言ってあげたいから。

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