わたしはカラオケで、1980年代にヒットした、journeyの「Open Arms」をよく歌う。
でも、最近、サビの部分の、
”だから今、あなたの元へ行くよ。
両手を広げて
隠しているものなんて何もない
ぼくの言うことを信じて”
と、いう部分にくると、心がザワつくようになった。
というのも、わたしは今、自分がどんな状況であっても、
「隠しているものなんて何もない、ぼくの(わたしの)言うことを信じて」
と、誰かが言ってきたら、間違いなくその人を詐欺師だと思うだろう。だって、本当に隠していることがなかったら、わざわざ言葉にする必要はないもの。
ちょっと話が飛んでしまうけれど、子どもたちが幼児の頃、わたしはアルコールに完全に依存していた。仕事と育児、家事のキツさを紛らすために、休日はビールやワインをチビチビと、しかし長時間に渡るのでかなりの量を摂取していた。
ある休日も、昼からビールを飲んでいたら、わたしの母が訪ねてきた。
わたしは、たった3歳の娘に、
「おばあちゃんには、お母さんがビールを飲んでいたことは内緒にしてね」
と頼んだ。あの頃、ひとりでは冷蔵庫も開けられなかった、小さな娘は母親の言葉にはいつも顔を輝かせて頷いていた。そして、玄関に走っていくと、
「お母さんね、今、絶対にビールを飲んでいなかったわよ!」
と、かわいい声を張り上げた。
わたしはなんてひどい母親だったのだろうと思うけれど、今思い出すと、娘のあの言葉はとても象徴的だ。
そして、早い段階で禁酒できたことは、本当に幸運だったと思う。
家でアルコールを摂取していて辛さがいよいよ増して泣いていた時、5歳だった息子が悲しい顔をして、
「泣いていないお母さんはどこにいるの!?」
と、真剣な顔で叫ぶように言ったことがある。もう子どもにこんなことを言わせたくない、とわたしは自分の頬を引っ叩いた。
また、わたしの母親は、
「家族の愛が一番強いのよ」
と、ことあるごとに、それはしつこく言いいながら、わたしの莫大な感情とお金を搾取していた。心理学者の加藤諦三先生のご本にも書かれてあるように、「誇張は不在を表す」とはこういうことをいうのだな、と後々思ったものだ。
昔、知人の、イギリス人の男性に、
「なぜ、あなたたちは、I love you、と、パートナーにしょっちゅう言うのか?」
と、尋ねてみたことがある。
「最初は、本当にそう感じるからだけれど、時間が経つにつれ不安になるから言っているという側面はあるね、プリテンドしていると言うか、愛があるのか自信がなくなるからっていうか。パートナーに去られたらいろいろ困るからね」
と、彼は頬に人差し指を置いて、目線を上げながら答えた。
これも、なるほど、と思わせてくれるエピソードである。
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