長年働いた仕事を退職し、わたしは40日間をかけて、ポルトガルとスペインを旅した。

退職する前、わたしは一年ほど、ほとんど寝て過ごしていた。
心が崩れ、朝起きることさえ難しい日が続いた。家事も最低限しかできず、外に出る気力も湧かない。大好きな本を読む集中力もなく、ただ布団の中で時間が過ぎていった。
そんな日々の中で、ふと「強い陽射しの下に行きたい」と思った。
美しいものと美味しいもので自分を満たせば、少しは気持ちが変わるかもしれない。
圧倒的な太陽を身体の奥まで取り込みたい。
そう思い立ち、ポルトガルとスペインを40日間かけて巡る旅に出た。

40日間といえば、学生の夏休みほどの長さである。
南欧の太陽の下で、気が向けば美術館へ行き、疲れた日はカフェで本を読む。そんな静かな旅を思い描いていた。
しかし、旅は想像していたような穏やかなものではなかった。
数日滞在しては移動を繰り返し、行った先では「見たいもの」に突き動かされて、坂道や階段を延々と歩いた。
移動は一部LCCや電車を使ったが、ほとんどはバス。時間と料金を比較しながら予約し、バス乗り場に辿り着くまでが一苦労だった。
旅の真ん中で風邪をひき、夜中に咳が止まらなくなった。
薬局で相談して液体の咳止めをもらったが、咳はなかなか止まらなかった。
体調が悪くなると、ささいなことが辛くなる。食事では音を立てないよう気を遣い、トイレの場所やチップのことを考え、スリに警戒して荷物を膝に抱え続ける。
円安で何もかもが高く、レストランで飲み物まで頼むと、安くても20ユーロ(約4,000円)はかかった。しかも料理が口に合うとは限らない。毎回、高価なくじを引いているような気分だった。
咳で声を出すのも億劫になり、気弱そうなアジア人旅行者をあなどる店員にも出会った。
席が空いているのに10分待たされ、「キッチンはもう閉まっている」と言われたときは、さすがに腹が立った。マネージャーが丁寧に対応してくれたが、チップを払わなかった。
夜通し咳が響き、翌日は10時までベッドに横たわり、味噌汁やうどん、お握りのことばかり考えた。
スペインでは夕食が20時からで、それまで店が開かない。食料品店で見たこともないカップラーメンを3ユーロで買って啜ったが、白く濁った塩味のスープがするだけだった。
それでも、心を打つ景色は確かにあった。
山の上のアルハンブラ宮殿は胸に沁み、フラメンコの裾裁きや足の動きから目が離せなかった。プラド美術館ではエル・グレコ、ゴヤ、ベラスケスの絵画をじっくり見ることができた。
そしてサクラダファミリア。
森のような神殿を見上げていると、ステンドグラスから陽の光が勢いよく流れ込み、オーロラのような光線が広がった。心の底が痺れ、しばらく身体が動かなかった。

その帰り、カタルーニャ広場近くのピンチョスの店に入った。
一口食べた瞬間、涙が出た。サクラダファミリアの美しさがよみがえったわけでも、ピンチョスが特別美味しかったわけでもない。「明日、日本に帰れる」という安堵が、急に込み上げてきたのだった。わたしと目の合った店員が微笑み、ゆっくりと視線を外していった。
空港で夫と娘の顔を見たとき、倒れそうだった。
「お握りが食べたい」と言うと、娘が急いで鮭お握りととろろ蕎麦、おーいお茶を買ってきてくれた。わたしはお握りを両手で持って頬張り、垂れてきた鼻水を手で拭った。
診断は肺炎。二週間の療養となった。
40日間で見た景色は、一生忘れないと思う。
けれど、もう一度行くなら、今度は2週間で十分だ。
海外は驚きと緊張の連続で、想像以上に神経をすり減らす。元気なうちに帰ってきて、「もう少しいたかった」と思えるくらいが、わたしにはちょうどいい。
しかし、知らない世界に行くと、心がすっと透き通る。
自宅に帰れば、気分の落ち込みは戻るけれど、それでも旅に出る前とは違う。
そして、圧倒的な太陽。
それは、確かに得られた気がする。


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