茶会での恐怖

エッセイ

 わたしが20代だった頃、職場に、茶会に行くのが趣味という中年の男性がいた。

 ー茶会には一人で行くに限るー

 そう、おっしゃっていた。彼が、一度、真っ白な封筒から出して見せてくれた「お茶会の券」には、小さく「1,500円也」と書かれてあって、結構お高いのだな、という所感を持った。

 しかし、1,500円も出して、和菓子と抹茶をいただくとは、なんと優雅な趣味だろうとも。

 「わたしなんて、お茶会なんて行ったこともないんですよ。着物も持っていませんし、作法を知らないから、緊張するでしょうし」

 と、言ったら、

 「ぼくもスーツで行くんですよ。休みの日にぶらりと。静かに和菓子を食べ、お抹茶をいただく。気分がすっきりしますよ」

 と、微笑んでいた。

 そういうことがあって、夫と付き合い始めた頃、二人で茶会に行くことになった。

 広間にずらりと客人が並び、わたしははじめての茶会でひどく緊張していた。若くて少し自意識過剰だったのかもしれない。

 最初に、落ち着いた柄の着物を着た、きりっとした女性が、色とりどりの和菓子をひとつづつ客人の前に礼をしながら置いていった。広間はしんと静まり返り、空気が張り詰めている。わたしの番になった時、緊張のあまり、身体が震えさえした。しかし、次の瞬間、わたしは最大の恐怖に襲われることとなった。

 「替えっこして。ぼく、白あんは食べられないんだ」

 と、彼(後のわたしの夫)が、自分の懐紙に載った菓子をわたしのとさっさと取り換えたのだ。皆の視線がわたしたちに集まった気がした。その時の恐怖はそれはものすごく、気管支が下からキュキュキュと締まって痛みを感じたほどだ。

 もちろん、誰にも何も言われなかったけれど、どんよりした気持ちで帰途についたのを覚えている。

 茶会は一人で行くに限る。茶会が趣味の男性の言葉をかみしめた日となった。

 

コメント