わたしの夫は一体感が好き

エッセイ

 先日、米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長が米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれた経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)で、今後の経済政策について説明を行った。

 夫は、その時間の少し前から自分の部屋にこもり、youtube でパウエル議長のお言葉を最初から最後まで聞いていた。そして、部屋から出てきて、鼻の穴を膨らませて言った。

「パウエル議長の話を聞いたよ」

「でも、意味、分からなかったでしょ。あなた、英語ができないじゃない?」

「そうだけれど、株を買っているから、やっぱり聞いておかないと。よく分からなかったけれど、「インフレはだめだ」って言ってたみたいだよ」

 それは、パウエル議長の話を聞かなくても分かること。アメリカでは、今、サンドイッチとコーヒーのセットが5,000円もするらしいのだから。住宅金利も上がってローンを払えなくなり、車中泊を始める人が増えてきているようだ。物価が高騰しすぎて、働いている成人の2割近くが十分に食べられない状況が続いているという。そんな状況は誰が見てもダメだと思うだろう。

「株を買っている人は皆、パウエル議長の話は聞くべきだよ。たとえ英語が分からなくてもね」

 と、夫はわたしを見て、フフンと笑った。

 どうも、夫は、株がどうこうというよりも、一体感という雰囲気が好きな気がする。

 パウエル議長の話の内容ではなく、株を買っている世界中の人たちとパウエル議長の声を聞いた、ということに重きを置いているような。

 子どもの頃から国語が得意な娘に、

「「そこはかとなく漂う」って、表現は間違いじゃないよね」

 と、ブログを書きながら、ググりもせずに尋ねたりした時、

「うん、間違いじゃないよ」

 と言う娘の後に、

「うん、間違いじゃないよ」

 と、夫が必ずついて言う。夫は漢字はおろか、カタカナすらしっかり覚えていないのに。

 また、15年ほど前に家族四人で杉〇井ホテルに泊まった時、翌朝、夫は目の覚めるような水色のポロシャツを着た。ユニクロで買ったそのシャツを気に入っていたようで、当時、よく着ていた。

 そして、ホテルの部屋のドアを開けると・・・シーツ替えや掃除を行う人たちが5、6人ほど通路にいて、

「おはようございます!」

 と、挨拶してくれた。その人たちが着ていたのが、夫とまったく同じ、目の覚めるような水色のポロシャツだった。わたしはギョッとして身体がかたまり、一瞬息も止まった。

 夫はといえば、すごく嬉しそうに顔を輝かせて、

「おはようございます!」

 と、挨拶を返していた。その時も、掃除の人たちと夫の間には爽やかな一体感が生まれていた。

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