アラカン女性の40日間の海外ひとり旅⑤~チップが教えてくれたこと~

エッセイ

 40日間、ポルトガルとスペインを旅して、何度も考えさせられたことがある。

 それは、チップについてだった。

 日本で暮らしていると、チップを渡す機会はほとんどない。制度そのものがないのだから当然なのだが、海外に出ると途端に迷う。

 いったい、いつ渡せばいいのだろう。 いくら渡せば失礼にならないのだろう。

 最初からチップ込みの料金を表示してくれたらいいのに、と何度思ったことか。

 レストランやタクシーでは、少し多めに払うようにはしていた。 けれど、ツアーガイドさんへのチップまでは頭が回らなかった。

 あるツアーの終わり、参加者たちが次々とお金を手渡しているのを、わたしはぼんやり眺めていた。

 そのときは何が起きているのか分からなかった。 後になって、それがチップだったと気づき、顔が熱くなった。

 そのガイドさんは、参加者の中でわたしだけがアジア人だったこともあってか、助手席に座らせてくれたり、終始気を配ってくれたりした。 車の中では、ポルトガルと日本のつながりについて、楽しそうに話してくれた。

「『ありがとう』は、ポルトガル語の『オブリガード』が変化した言葉だという説もあるんだよ」

「コップ、フラスコ、ボタン、ビロードもポルトガルから日本に伝わった言葉なんだ」

 旅先で聞くそんな話は、ガイドブックを読むよりずっと面白かった。 それなのに、最後に感謝の気持ちを伝えられなかった。 ホテルへ戻ってからも、そのことが頭から離れなかった。

 日本では、お礼にお金を渡すことを失礼だと感じる場面もある。「お金で済ませる」というような、どこか後ろめたい感覚がある。

 けれど、サービスに対して感謝を伝える場面では、チップはきちんと意味がある。 旅を続けるうちに、少しずつそう思えるようになった。

 もちろん、40日間でポルトガルやスペインのチップ文化を理解したとは言えない。

 タクシー料金に1、2割ほど上乗せすると、「ふーん」という表情の運転手さんもいれば、「よし!」とガッツポーズを見せる人もいた。

 レストランの若いウエイターにチップを渡した時も、「もう少しちょうだい」といたずらっ子のように笑う人もいれば、軽く会釈してしばらく動かない人もいた。

 ある夜、本当に良くしてくれたガイドさんへ、「少ないですけれど」と20ユーロを手渡した。 彼は紙幣を額に当て、静かに目を閉じてから、

「オブリガード」

 と言った。

 その仕草を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。感謝がきちんと届いた気がした。

 一方で、こんな出来事もあった。

 バルセロナのホテルで外出から戻ると、部屋の冷房のリモコンがなくなっていた。 スタッフと二人で部屋中を探したが、どうしても見つからない。

 そのとき、以前タイのホテルで、清掃スタッフへのチップを置かなかった翌日に、古びたタオルが置かれていたことを思い出した。

 そのタオルは、半分ほど切れてもいた。

 あとで、タイではチップが生活の一部になっていると聞いた。

「わたしがチップを置かなかったから、怒ったのでしょうか」

 タイでの記憶がよみがえり、思わず、そんなことを口にした。

 咳が止まらず体調も悪かったわたしは、財布から10ユーロ札を取り出し、青年スタッフへ差し出した。

「何とかしてください」

 ほとんど懇願するような気持ちだった。

「スペインでは、チップは強制ではありません」

「これは受け取れません」

 そう言って返そうとする。

 それをまたわたしが押し返すものだから、しばらく押し問答になってしまった。

 やがて彼は予備のリモコンを持ってきてくれた。

 それでも10ユーロ札は返そうとしていた。

「グラシアス」

 そう言ってドアを閉めた瞬間、わたしは少し恥ずかしくなった。

 あの10ユーロは、感謝ではなく、「どうか早く対応してください」という焦りから差し出したものだった。

 あの青年スタッフも、”チップごときで”スペイン人が意地悪をしたり、親切になったりすると思われたことに、納得がいかなかったのではないだろうか。

 チップは、渡し方を間違うと、相手を傷つけることもある。

 だから、自然でさりげなく。

 美しい花を、一輪、手渡すように。

 チップは、人の親切に対して、「ありがとう」という気持ちを、そっと手渡すための文化なのだと思った。

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