アラカン女性の40日間の海外ひとり旅⑲~電車の中で一期一会を感じる~

旅行記

 マドリードからグラナダへは、電車で移動した。

 アトーチャ駅は、巨大な鉄骨がむき出しのまま高く伸びていた。 差し込む光に金属の線が輝き、どこか工場の美しさを思わせる。

 エスカレーターでホームへ下りていくと、胸が高鳴った。まだ知らない未来へ向かっていくような気がした。

 海外の大きな駅では、いつもこんな気持ちになる。美術館や宮殿に入るときより、はるかに気分が高揚するのだ。

 チケットを確かめながら指定席へ行くと、窓際に十五歳くらいに見える男の子が座っていた。

「ハロー!」

 少年が、屈託のない笑顔を向けてきた。

「ハロー!」

 わたしも笑顔で返した。

「荷物を網棚に上げないの?」

「わたしは背が低いから、届かなくて。足の前に置けるし」

「ぼくが上げてあげるよ」

 少年はすっと立ち上がった。その自然な優しさに、じーんとした。

「わたし、日本人なんだけれど、あなたはスペイン人なの?」

 少年は頷いた。

 ふと左側を見ると、アジア人のカップルがうつむき、身体を固くしているように見えた。

 しまった、と思った。 わたしが「日本人」と言ったことが、気になったのだろうか。二人の様子が気になり、わたしも固くなってしまった。

 すると少年が、笑顔で二人に話しかけた。

「あなたたちもグラナダに行くのですか?サン・ミゲル展望台はお勧めですよ。アルハンブラ宮殿、アルバイシン、サクロモンテ、街全体が見渡せます」

 カップルも笑顔になり、頷いた。

 そうか。気まずいと感じたら、笑顔で話しかければいいのか。

 わたしは、少年の横顔を頼もしく眺めた。

「グラナダでは、明日から一週間、お祭りなんですよ。路地や中庭で音楽やフラメンコが見られて、置いてあるワインや料理は、誰が食べてもいいんです」

「そうなの?」

「ぼく、大学が休みに入ったから、来れたんです」

 大学生だったのか。

 少年だと思っていたので、少し驚いた。

 お祭りの話は楽しそうだった。それでも、誰でもいいと言われて、出かけていく気にはなれなかった。

 スペイン人たちが路地や中庭に集まって楽しむ小さなお祭り。そこへ外国人のわたしがすっと入り、置いてある料理やワインをいただく。

 それは少し違うような気がした。

 少年はバッグからビニールに包まれたものを取り出した。銀紙を広げると、チーズやハムを載せたパン、ボカディージョが出てきた。

 これがスペインのお弁当なのか。わたしは興味深く眺めた。

 スマホを見せながら、日本の紹介をしていたら、

「あ、ぼくね、ラーメンを食べたことがあるんですよ」

 と、得意そうに言った。かわいらしかった。

 通路を歩いていた何人かが、わたしと少年を交互に見て通り過ぎた。 友達でも、親子でもない。たまたま隣り合わせただけなのに、こうして話している。

 やがて電車はグラナダに着いた。

 改札を出るとき、少年は振り返った。

 目が合った。

 少年はすぐに前を向き、歩いて行った。

 不思議な気がした。

 改札を出るまでは、わたしは少年の存在を認識できた。 けれど、改札を出れば、もうそれぞれの旅だった。

 きっと、もう会うことはない。

 名前も聞かなかった。

 同じ電車に乗っているあいだだけ、わたしたちは親しく話していた。

 改札を出る前と後で、こんなにも何かが変わってしまう。

 そんなことを、それまで考えたことがなかった。

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