マドリードからグラナダへは、電車で移動した。
アトーチャ駅は、巨大な鉄骨がむき出しのまま高く伸びていた。 差し込む光に金属の線が輝き、どこか工場の美しさを思わせる。
エスカレーターでホームへ下りていくと、胸が高鳴った。まだ知らない未来へ向かっていくような気がした。
海外の大きな駅では、いつもこんな気持ちになる。美術館や宮殿に入るときより、はるかに気分が高揚するのだ。
チケットを確かめながら指定席へ行くと、窓際に十五歳くらいに見える男の子が座っていた。
「ハロー!」
少年が、屈託のない笑顔を向けてきた。
「ハロー!」
わたしも笑顔で返した。
「荷物を網棚に上げないの?」
「わたしは背が低いから、届かなくて。足の前に置けるし」
「ぼくが上げてあげるよ」
少年はすっと立ち上がった。その自然な優しさに、じーんとした。
「わたし、日本人なんだけれど、あなたはスペイン人なの?」
少年は頷いた。
ふと左側を見ると、アジア人のカップルがうつむき、身体を固くしているように見えた。
しまった、と思った。 わたしが「日本人」と言ったことが、気になったのだろうか。二人の様子が気になり、わたしも固くなってしまった。
すると少年が、笑顔で二人に話しかけた。
「あなたたちもグラナダに行くのですか?サン・ミゲル展望台はお勧めですよ。アルハンブラ宮殿、アルバイシン、サクロモンテ、街全体が見渡せます」
カップルも笑顔になり、頷いた。
そうか。気まずいと感じたら、笑顔で話しかければいいのか。
わたしは、少年の横顔を頼もしく眺めた。
「グラナダでは、明日から一週間、お祭りなんですよ。路地や中庭で音楽やフラメンコが見られて、置いてあるワインや料理は、誰が食べてもいいんです」
「そうなの?」
「ぼく、大学が休みに入ったから、来れたんです」
大学生だったのか。
少年だと思っていたので、少し驚いた。
お祭りの話は楽しそうだった。それでも、誰でもいいと言われて、出かけていく気にはなれなかった。
スペイン人たちが路地や中庭に集まって楽しむ小さなお祭り。そこへ外国人のわたしがすっと入り、置いてある料理やワインをいただく。
それは少し違うような気がした。
少年はバッグからビニールに包まれたものを取り出した。銀紙を広げると、チーズやハムを載せたパン、ボカディージョが出てきた。
これがスペインのお弁当なのか。わたしは興味深く眺めた。
スマホを見せながら、日本の紹介をしていたら、
「あ、ぼくね、ラーメンを食べたことがあるんですよ」
と、得意そうに言った。かわいらしかった。
通路を歩いていた何人かが、わたしと少年を交互に見て通り過ぎた。 友達でも、親子でもない。たまたま隣り合わせただけなのに、こうして話している。
やがて電車はグラナダに着いた。
改札を出るとき、少年は振り返った。
目が合った。
少年はすぐに前を向き、歩いて行った。

不思議な気がした。
改札を出るまでは、わたしは少年の存在を認識できた。 けれど、改札を出れば、もうそれぞれの旅だった。
きっと、もう会うことはない。
名前も聞かなかった。
同じ電車に乗っているあいだだけ、わたしたちは親しく話していた。
改札を出る前と後で、こんなにも何かが変わってしまう。
そんなことを、それまで考えたことがなかった。


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